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豪炎寺の言葉で、俺はこれからも男としてやっていくことを決めた。


……なんだけど、次の日から生理が終わるまでの五日間、俺は学校を休んだ。
気持ちの整理がつかなかったってのも確かにあったけど、一番大きな理由として、学校でどうやって処理すればいいかわからなかったからだ。
そう!使用済みの生理用品の事だ。


俺は男子で、女子トイレに入れるわけない。
男子トイレに汚物入れなんてあるわけもない。
例え置いてあったとしても、他の野郎共の目に触れる様な所に捨てられるわけがない。
同じ男として、そんな事態は断固としてお断りだ!


という訳で、結局良い案が思い浮かばず俺は学校を休んだ。
次の月も生理になると学校には行けなかった。
平たく言うと、俺がそんなすぐ妙案を思いつくはずが無いってことだ。
断っておくけど、俺が馬鹿って事じゃなくて、生理が終わった途端なーんにも考えなくなったせいだからな。
そこんとこは間違えないように。

でも、後悔先に立たず。
結局何も考えなかった事が裏目に出てしまう。


鬼道にバレたのだ。




それは初めての生理から二ヵ月後のとある土曜日の練習後のことだった。
鬼道に聞きたいことがあると言われた俺は、着替え終わったあと、何かしたかなと呑気なことを考えながらそのまま部室に残った。
二人っきりになると、鬼道は部のパソコンで選手データのファイルを広げた。
鬼道の後ろからパソコンを覗き込むと、俺の色々な数値が綺麗にグラフ化されている。


「へー、こんなのあったんだ」

修練場の結果や色々な筋力テストの結果はその都度聞いていたけど、こんなにきちんと管理していると思っていなかった。
俺は素直に感嘆の声をあげる。


「お前な、データは結果を知ってお終いじゃ意味が無いんだぞ。
分析し、練習に役立たせてこそのデータだ」

「はいはい。
で?これがどうかしたのかよ?」

俺は鬼道の説教を軽く流して訊ねる。
小言を封じられた鬼道は、俺をジロっと睨んでからパソコンへ向き直る。


「まあいい。
今日お前に残って貰ったのはデータの重要性を教え込む為じゃない。
ここ最近のお前の不調についてだ」

「不調?」

自分じゃ調子が悪いなんて思っていなかった。
俺は鬼道の言葉に首を傾げる。


「なんだ自分で気づいてなかったのか。
明確な原因があると思ったから、聞こうと思って残ってもらったんだが無駄足だったか」

鬼道が面白く無さそうにパソコンを閉じながら言う。
え。それだけ?
俺は鬼道が詳細も言わずに席を立とうとするのを慌てて止めた。


「ちょっと待て、不調ってなんだよ?
そこまで言ったんなら全部言えよ、気になるじゃんか」

「下手に意識すると余計駄目になることも多いんだが、まあいい」

そう言うともう一度パソコンを開く。


「ほら見てみろ。
二ヶ月ぐらい前からテクニックやコントロールといったものは問題ないのに、筋力や体力面が全く伸びてこない。
それまでは順調に伸びていたにも関わらずだ。
それにお前、同じぐらいの時期から定期的に休むようになっただろう。
本当に何か原因がないのか?」

グラフをみると結果は歴然で、俺は愕然とする。
こんな形で影響が出るなんて思ってもみなかった。
だって二ヶ月前って言ったら思い当たることは一つしかない。


「おい、本当は何かあるんだろう」

急に青くなって画面を見つめる俺を、訝しむように鬼道が訊ねる。


「なっ、ないないない!
ほんとっ、何にもないってば」

鬼道の訝しげな視線に漸く気づいた俺は、大慌てで両手を振る。
鬼道はそんな俺を見て、ふーっと長い溜息をついた。


「自分で気づいたのなら、それでいい。
言いたくないなら無理には聞かん。
それにしても…。
月の同じ時期に五日間の休みなんて、まるで生理休暇だな」

本人は何気なく言ったであろうその皮肉気な言葉に、俺の心臓はひっくり返る。


「せっ、生理きゅーか、なんて、そ、そんなこと、あ、あるわけ、ないだろっ!!」

急に裏返った俺の声に鬼道が眉を顰める。
……失敗した。
変に否定なんかするんじゃなかった。
鬼道だって冗談で言ったんだから、俺も冗談として流せば良かったんだ。
普通に考えたらこんな全力で否定するような事じゃない。


「……本当に生理が関係してるのか?」

ぎくぎくぎくーーッ!
案の定不審な俺の態度に、鬼道がさっきとは違ってマジなトーンで訊ねてくる。
何コイツ!?エスパーかよ。
俺は鬼道の的を射まくった質問に内心冷や汗だっらだらだ。
お、落ち着け俺。さっきと同じ失敗を繰り返すな。
ここは冗談として流すのが得策だと学んだばかりじゃないか。
俺は努めて強張った顔を笑顔に見えるように口の端を上げた。


「だっ、だからー、違うと言ってるじゃないか、きどークン」

「…まさか本当に生理だとはな。
この俺がいくら考えても原因が思い浮かばないはずだ」

頑張ったのに片方の口の端しか上がらなかった俺を見て、鬼道は眉間を押えてしみじみとそう言った。
それから鬼道はもう一度ふーっと溜息をつくと、頭を抱えた。


「まいったな、まさかこんなに胸の無い中二女子が実在するとはな。
騙されるはずだ、壁山の方がよっぽど巨乳じゃないか」

「な…ッ!
だから、違うって!!」

な、な、な、なんだコイツーーーッ!!
鬼道ってこんな失礼なヤツだったのか!?
ちらっと俺の胸に視線を投げた鬼道に、俺は瞬間的に頭に血が上ってパソコンが乗ってるテーブルをバンッて叩いた。


「じゃあ、なんで毎月決まって休むんだ?」

「う…っ!そ、それは……」

怒鳴った俺に、鬼道の冷静な言葉が突き刺さる。
咄嗟に否定したものの、その実何も考えていなかった俺は言葉に詰まってしまう。


「ふむ、そこで言葉に詰まるか。本当の理由を反射的に言うと思ったんだがな。
……荒唐無稽だが、生理という話は本当なんだな」

「えっ?あ…、う〜…っ」

え?え?ええ??
さっきのは鎌をかけてただけ、…なのか?
秘密がバレないようにフル回転している俺の頭は、はっきり言ってプスプスと煙を立ててる状態だ。
それなのに鬼道の話はどんどん進んでいくから、何を言ったらいいか、何を否定すべきかどんどん見失ってしまう。
俺の反応に鬼道は勝手に納得したみたいで、今度は真剣に俺を説得してきた。


「半田、いくら胸が無いからって男のふりをすることは無いんだぞ。
女の価値は胸の大きさだけじゃない。
素直に生きるのが一番だ」

「違ーう!俺は男だっつーの!!」

見当違いの説得を始めた鬼道に向かって、俺は思いっきり怒鳴る。
そうだよ、鬼道は俺が生理がある=女って思ってるんだ。
そこは否定しとかないと!
俺が一生懸命男だと主張すると、今度は鬼道は俺を宥め始めた。


「そうか…、半田は性同一障害だったんだな。
自分が女だと認めたくない気持ちも分かるが、学校側にはちゃんと事実を報告しているのか?
性別詐称で問題にならないよう、ちゃんと報告だけはすべきだぞ。
大会公式ルールにも抵触する恐れがあるからな」

「だから違うって言ってんだろッ!!俺は女じゃないし、ちゃんと男だっつーの!!」

「分かったから、落ち着け半田。
初潮という紛れも無い女性の証拠を突きつけられて混乱しているのは分かる。
だが、生理のある男なんて居るわけがないだろう。ちゃんと事実を認めるんだ」


ああ゛ーーーーーッ!!
もうっ!俺が違うって言ってんだから素直に話を聞けってんだ!!
俺は鬼道の言葉に二の句が継げなくて、頭を掻き毟る。
だが俺が鬼道の聞き分けの悪さに身悶えてる間に、鬼道は急に何かを閃いたように眉を顰めた。

「……待てよ。
もしかしてお前、そうなのか?
お前、もしかして半陰陽か!?」



 

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