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日本一の男の娘って称された風丸のメイド姿は、はっきり言って衝撃的だった。
このサッカー部メイド喫茶影のリーダー(自称)である俺は早くも確固たる手ごたえを感じていたし、
客層を主に女子に絞っていたのを男もターゲットに広げようかとか、そうなるともう少しマネの執事もアピールしなきゃとか新たな戦略を練るべきかで頭がいっぱいになってしまった。
そう!自分自身の事をうっかり忘れるぐらいに!!
風丸のお披露目のざわめきは雷門の
「いつまで眺めてるの!?もう時間が無くてよ!」
っていう厳しい声でお開きになった。
慌てて準備に戻っても、話題は皆風丸の事ばっかり。
俺も目金ともっと男にもアピールした方がいいなって話しながら着替えてた。
頭の中は如何にこのメイド喫茶を成功させるかでいっぱいで自分の不自然さに全く思い至らなかった。
久遠にこう言われるまで。
「あれ?半田君、一人で着替え出来たんだ」
久遠が影野の着替えの手伝いを終えて俺を驚いた顔で見つめてくる。
ぎくり。
この一言で動揺して頭に着けようとしてたレースのカチューシャを落としそうになる。
「あっ、本当ですねー。どれどれ?
おおっ!ちゃんとパニエまで着てますね。バッチリです!」
音無が俺のスカートをぺろりと捲って確認してくる。
そうだったーっ!
男にとって後ろファスナーのワンピースもエプロンも、あまつさえカチューシャなんて一人で装着するには難易度が高かったんだー!!
普通に一人で着替えちゃったよおお!
俺だって初めてワンピース着た時は鬼道んちのメイドさんに手伝ってもらってやっと着たじゃないか!
最近じゃデートの度に女装してたからすっかり忘れてたよおお。
慣れって怖いデスネー。ハハハーッ。
って、現実逃避気味に考えてもこの場を切り抜ける上手い言い訳なんて全然思いつかない。
うう、目金の「半田君、メイド服に精通とはやりますね」みたいな視線が痛いよぉ。
俺が内心冷や汗だらだらで困っていると、天の助けとなる雷門の声が響く。
「着替えが済んでるんでしたら、早くメイクしますわよ」
「おう!雷門頼むな」
雷門のキビキビした厳しい声がこんなにありがたいって思ったのは初めてだ。
俺はいそいそと雷門の前の机に着く。
良かったよぉ〜、これ以上変に突っ込まれなくて済んで〜。
ホッとした俺は今度こそ失敗しないように大人しくされるがままを心掛ける。
いつもメイクしてくれるお姉さんと雷門のメイクはやっぱり違くて、本当は色々聞きたいし言いたい。
「このリップの色派手じゃない?」とか「そのチーク可愛いな、どこの?」とかさ。
でもそれを言ったらヤバいってのは流石の俺でも分かるからぐっと我慢。
ちらちらとメイク道具を盗み見て一生懸命覚えておいて今度のデートん時にでもメイクのお姉さんに聞こうって思ってた。
でもさ、ここにもあったんだよ。
大きい落とし穴が!
俺は普通に黙って大人しくしていたつもりなのに、雷門が途中で驚いて言ってくる。
「あら、半田君はやりやすいですわね」
ぎくり。
なになに?俺また何かした!?
雷門が驚くような事、何かしましたかっ!?
俺、ただ普通に座ってただけなんですけど!?
「何も言わなくても普通にしてて下さるんですもの。
風丸君なんて何度言っても目を硬く瞑ってしまうからアイメイクがし辛くって」
のおおっ!風丸のビビりがああ!!
男なら目なんか瞑るなよおお!!
むしろ雷門を睨む勢いでいけよおお!!
俺は心の中で風丸の事を罵る。
もうこれからはビビる風丸と呼ぼうとさえ思っていた。
でもそうだよな、普段他の人に目の周りに何かされるなんて無いから男なら目を硬く瞑ってしまうかもしれない。
メイクされる事に慣れちゃった俺には想像も出来なかったぜ。
くそう、ただ大人しく座ってるだけじゃ駄目とか気付くかよ。
俺は内心心臓ばくばくで困っているのを、おくびにも出さないように雷門に言う。
「男ならこれぐらいでビビるなって。なあ?」
本当はメイク慣れしてて平気なくせに、自分をさも男らしいみたいな発言に我ながらげんなりする。
もうやだよおお。
なんだよこれ、地雷ばっかだよおお。
心臓に悪すぎるよおおお。
早く逃げたいよおおお!
俺はメイクされながらただ念仏のように「早く逃げたい、早く逃げたい」と繰り返し思っていた。
これ以上突っ込まれる前に逃げる算段だけを考えて雷門の前に大人しく座っていた。
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