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「な、なんで…?」
寒さのせいじゃなく、勝手に声が震える。
そんな俺から染岡は眉を顰めて目を逸らす。

「お前よ、前に俺んちで酔いつぶれたことあっただろ?
あん時、俺がお前のこと抱え上げたら、お前寝ぼけて抱きついてきてよ。
すっげぇ甘えた声で呼ぶんだよ、俺のこと。
『鬼道、鬼道』って何度も何度も、嬉しそうによ」
下顎を突き出し、一度口を噤む。

「すぐ分ったぜ、相手が鬼道だったんだって。
あんなお前の声、初めて聞いたからよ」
そこで口を歪めて俺の方を見る。

「あん時、思ったんだ。
…俺もお前にこんな風に名前呼んで貰いてぇって」
やっと染岡が俺をまっすぐ見る。
いつものように照れもせず、本気の目をしてまっすぐ俺を。

「お前が鬼道のこと忘れることができたら、ちゃんと言おうと思ってた」
俺の方に一歩、また一歩近づいてくる。
ベンチの前まで来ると俺の前でしゃがみ込む。
仏頂面で俺を見上げる。

「なあ、まだ鬼道のこと好きか?」

「あんなヤツ、最初から好きじゃないってば」
俺が慌てて言うと染岡はまた眉を寄せる。

「おい、今更強がんな。で、どうなんだ?」
俺が顔を横に大きく振ると、染岡はほっとしたように少し笑う。

「手ぇ触れてもいいか?」
それこそ今更なのに、大真面目に訊ねてくる。
それが可笑しくて、少し緊張が緩む。
俺は赤い顔をマフラーに埋めて、無言で染岡に手を差し出す。
久しぶりに触れた染岡の手は、あの日みたいに冷たくて、
それなのに俺の心を暖かくさせた。

「半田」
緊張した声で俺の名前を呼ぶ。

「ん?」
俺は繋いだ手から染岡へと視線を動かす。
染岡は膝をついて、強張った顔をして俺を見ていた。


「俺と結婚してくれ」


緊張した面持ちから吐き出された言葉は予想を大きく超えたものだった。
俺は吃驚しすぎて言葉も出ない。
だって俺たち付き合ってもいないんだぜ!?
言葉も無く目を見開いた俺を、取り繕うように染岡が慌てだす。

「い、いや、別に今すぐって訳じゃなくよ。
俺はそのつもりでお前と付き合いたいってだけで、
勿論お前に強要するつもりはねぇし、いや、そりゃお前にもそう思ってほしいけどよ、
断ってくれてもいいし、…いやそりゃ嫌だな。
う〜、とにかくよ。
兎に角、俺はお前と付き合ったらこそこそしたくねぇ。
大きな声で言い触らしたいって訳じゃねぇが、秘密とかにすんのは嫌なんだよ」

最初は混乱してた染岡が一生懸命自分の気持ちを言葉にしてくれるのをじっと見守る。
前みたいに秘密にするのが嫌だった俺は、
こそこそしたくないって染岡の言葉が嬉しくて握った手に力を籠める。

「うん、俺も内緒にしたくない」
俺が同意すると、染岡は少し落ち着いたみたいで嬉しそうに笑う。

「おう。
…でもよ、そうなると俺はいいけどお前は大変だろ?」
大変?
今までだって友達としてだったけど四六時中染岡と一緒で大変だったことなんて無い。
付き合って大変なことなんて思い浮かばなくてきょとんとしている俺に染岡が照れたように言う。

「男の俺と付き合うってことは、お前に男としての人生を捨てて、女の人生を選んでもらうってことだろ?
だからよ、俺はお前のこれからの人生に責任が持ちてぇんだよ。
ずっとお前と一緒にいてぇ。
結婚ってそういうもんだろ?」

俺はやっと染岡が俺に指一本触れてこなかった理由が分った。
染岡らしい不器用さで、真剣に俺のこと考えてくれてたから、
無責任にそういうことができなかったんだ。
…本当コイツ馬鹿すぎる。
でも、そんな染岡だから俺は好きになったんだ。

俺は目の前でしゃがみ込んでいる染岡の首に抱きつく。
俺が上から抱きついたせいで、染岡はしりもちをついてしまったけど、怒りもしないで受け止めてくれる。

俺が鬼道を想って泣いた時も、何も言わないで俺の隣にいてくれた染岡。
俺が鬼道のことを忘れるのを、ただ待ってくれた染岡。
不器用で優しくて誠実な染岡。
…俺が世界で一番好きな人。


「俺たち中学生だぞ?」
俺が抱きついたまま訊ねると、ぶっきらぼうな声が返ってくる。

「分ってる」

「まだキスもエッチもしてないぞ?」

「そんなの関係ねぇだろ」

「俺、こんなんだから周りから色々言われるぞ?」

「そんなん無視だ、無視」

「俺、戸籍男だから結婚できないぞ?」

「う〜ん、それはまあ仕方ねぇよ。
要は気持ちだからよ」
それまで揺ぎ無かった染岡の言葉に初めて揺るぎが表れる。
俺は体を離して染岡の顔をまっすぐ見つめる。

「俺、たぶん子供産めない。
沢山したからなんとなく分る。
俺は妊娠しないんだろうって」

鬼道とは毎日のようにしてたし、普通に中で出してたのに俺は妊娠する気配も無かった。
ちゃんとした女の人だって不妊症の人は大勢いるのに、
いくら生理があるからって俺が子供を産めるとは思えない。

「俺じゃあお前に自分の子供抱かせてやることできない。
お前、子供好きなのに、
お前がすぐその顔のせいで子供に泣かれて面白くなさそうにしてんの知ってるのに、
俺とじゃ子供がいる当たり前の家庭は絶対築けない。
お前はそれでもいいのか?」
俺がそう言うと、染岡は一度、二度瞬きをする。
その後すぐ当然って顔でにっと笑う。

「あったり前じゃねぇか。
居もしない子供よりお前の方が大事だてぇの」
そう言うともう一度俺を今度は染岡の方から抱き寄せる。

「ぶっちゃけるとまだ子供なんてピンと来ないしよ。
それにまだ絶対できないって決まった訳じゃねぇんだろ?
案外簡単に出来たりすっかも知れないだろ」
照れたように言う染岡が嬉しくて、だから俺は染岡の首に腕を廻す。

「染岡」
自分でも甘ったるい声で名前を呼ぶ。

「おう」
染岡が嬉しそうに返事をするから、俺も嬉しくなって何度も何度も名前を呼ぶ。
何回目かに染岡がポツリと呟く。

「やっと夢が叶った」
そんな染岡が可愛くて、もっと喜ばしたくて俺はもう一度名前を呼ぶ。

「竜吾。…好きだよ」
ぼんっと一気に顔を赤くした染岡の耳に顔を寄せる。

「ねえ今から試してみよっか?子供出来るかどうか」
俺がそう誘うと染岡が怒鳴りだす。

「女がそんなハシタナイこと言うな!」

あーぁ、こんな調子じゃ染岡が俺に触れてくれるのはいつになるんだろう。
俺は内心溜息をつく。
でも、染岡はこれからすっと一緒に居てくれるし今度は俺が待つのもいいかもしれない。
染岡はずっと俺のことちゃんと待ってくれたしね。

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