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日曜の部活は午後からで、俺は一度自宅に戻ることにした。
染岡にそのことを言うと、心配だから家まで送ると何故か言い出す。
多少頭が痛いとはいえ、全然健康体と変わらないから大丈夫だって言ってんのに、
染岡は送ると言って譲らない。
その頑固さに辟易した俺は、根負けして、あることを提案した。

「送ってもらわなくっても平気だって!
あのさ、そんなに言うんだったら今日部活の帰りに送ってくれよ。
一緒に行きたい所があるんだよ」
俺がそう言うと渋々諦めてくれた。


染岡と一緒に行きたい場所、それは…。


「ここか?行きたい所って」
部活が終わったその帰り道、学校から程近い何の変哲も無い路地で、染岡が不思議そうに訊ねる。

「ここじゃなくって、ここ曲がった所」
俺は今までずっと通ることさえできなかった道を指差す。

「そこでいつも待ち合わせしてたんだ。
部活が終わって、何食わぬ顔して皆と別れてから、またここで待ち合わせしてた。
皆には秘密だったからバレないようにこんな所で」
毎日のように通った道だったのに、あれから怖くて一度も来ていなかった。
ここを通らなきゃいけない時はわざわざ遠回りしてた。
居ないとわかっているのに、本当に居ないのを見たくなかったから。

ちゃんと一度けじめをつけようと思って、染岡と一緒に来てもらったけど、
俺はその場所の目前で早くも後悔していた。

なんで部活帰りに来てしまったんだろう。
いつも待ち合わせしていた時間に来てしまうなんて馬鹿だった。
だってどうしても心のどこかで期待している。
もしかしたら鬼道も俺のこと忘れられなくてここで待ってるかもしれないって。
そんなこと有り得ないって分かっているから、足が一歩も動かない。
居もしない鬼道を探してしまう自分が怖い。

立ち竦む俺の腕を染岡が焦れたように掴む。
腕をぐいぐい引っ張り俺をその路地まで引きずるように連れていこうとする。

「ま、待ってよ染岡。心の準備が…」
俺が何を言っても染岡は立ち止まってはくれない。
俺は角を曲がった瞬間、目を瞑る。
染岡が手を離す。
でも、何も言ってはくれない。

俺が怖々と薄目を開けると、そこは何もないただの路地だった。
鬼道の家の車も、勿論鬼道の姿さえ無くて、
ただ夕焼けにオレンジ色に染まった道だけが広がっていた。
それはあまりにも美しく寂しい光景で、俺は何もできずにただその景色を眺めていた。
泣く事もできず、ただ立ち尽す俺の隣に染岡はずっと居てくれた。

辺りが暗くなって、普段あまり通らないその路地にも人が通るようになった頃、
俺は縋るように染岡の手を握った。
真冬に外でじっとしていたからその手は随分冷たかった。
でも、俺がずっと握っていると少しずつ暖かさを取り戻してくる。
たぶん俺の手もそうなんだろうなって思ったら、なんだか急に泣きたくなってくる。


この場所に来たのが一人じゃなくて良かった。
染岡が隣に居てくれて良かった。


「染岡、また俺とこうやって付き合ってくれるか?
思い出の場所まだ沢山あるんだ」
俺が震える声で訊ねると、握った手にぎゅっと力が篭る。

「ああ当たり前だ。
でも、その馬鹿との思い出はもう話すな。
思い出すことさえ、もうすんな」


こうして俺と染岡で鬼道との思い出に一箇所ずつけじめをつけることを始めた。
商店街の倉庫とか河川敷のトイレとか、明らかに何しに来たかわかるような場所でも染岡は何も言わなかった。
最初の頃は思い出が鮮明で辛くて仕方無かったその行為も、
続けていくうちに少しずつ平気になっていった。
染岡の手を握らなくても、一人でもちゃんと立っていられるようになった。

そして鬼道との思い出の場所を全て網羅しつくす頃には、
むしろ染岡の手を握ることができなくなっていた。
その行為もいつの間にか鬼道との思い出にけじめをつけることから、
染岡と二人で会うことが目的になっていた。
いつの間にか俺の心の中の鬼道が占めていた場所には染岡がいた。


それぐらい染岡はいつも俺の横にいてくれたし、
自然とそうなるぐらい染岡は俺に優しかった。

俺が染岡の家に泊まった次の日から、染岡は俺をどんな時でも女扱いした。
口調はいつも通りなのに、
部活で少しでも帰りが遅くなると俺を家まで送ってくれたし、
歩くときは自然と車道側を歩く。
俺が少しでも重い物を持っていると、すぐどこからともなくやってきて代わってくれた。
粗忽で荒っぽい染岡からは想像できないその態度は、
可笑しくて、そして途轍もなく、くすぐたかった。
そんな染岡の態度がすごく居心地のいいものだって気づくのに時間はかからなかった。
俺がそれを望んでいることも。

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