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染岡は普段短気なくせに、こんな時だけ辛抱強くて、俺が凭れ掛かっても、身動き一つしない。
だから俺も暫く染岡に抱きついてるって意識せずにいた。
涙がだんだん収まってくるのと比例して、だんだん心臓の音が聞こえてくる。
ドクンドクンっていうその音はやけに五月蝿くて、俺はついに泣くのを止めて染岡を見上げる。

「染岡、ドキドキしてる?」
俺が訊くと染岡は顔を一気に赤くする。

「ばっ、ばぁーか、お前相手にそんなんするか」
染岡はそう言ってそっぽを向くけど、ドクンドクンって音はさっきより大きく聞こえる。
確かめる為にもう一度染岡の胸に顔を寄せる。
やっぱりドクンって音が聞こえてくる。

「なあ、やっぱりドキドキしてない?」

「だからぁ、してねぇって言ってんだろ」
俺がもう一度言うと、染岡はそっぽを向いたまま俺を引き剥がす。
そうするとまたドクンと音がする。
そこで漸く音の出所が分かる。

「ゴメン染岡、ドキドキしてるの俺だ」
俺がそう言うと俺の肩を掴んでた染岡の腕が緩む。
体を支える染岡の腕が無くなった途端、俺はまた染岡に凭れてしまう。

「あー、やっぱりドキドキする」
さっきから耳の隣に心臓があるみたいに五月蝿くて堪らない。

「染岡〜、俺なんか変かも。
すっごいドキドキするし、体が熱いよ〜」
体に力が入らなくてふにゃふにゃする。
俺は息さえちゃんとできなくて、苦しくなって染岡を見上げる。
あれ?染岡もなんか顔が赤いし、それに少し息苦しそう。

「なあお前も苦しい?」
俺が服を引っ張り訊ねると、染岡は首を横にぶんぶん振る。

「じゃあお前、水持ってきて〜。
俺もう胸が苦しくって辛い〜」
俺がそう言うと染岡はもう一度俺を引き剥がす。
染岡という支えが無くなった途端、俺は床にへにゃへにゃと倒れこんでしまう。
俺は火照った頬を床で冷ましながら、初めて飲んだアルコールの力を実感していた。

「もっと優しく〜」

「わりっ」
俺が床に倒れたまま文句を言うと、染岡は短く謝り、一階へ駆け下りる。

染岡が水を持って戻ってきた時には、俺の頭はぼうっとして、ほとんど働いていなかった。

「ほら水」
差し出された水を一気に飲むと、また床に倒れこむ。
頭がクラクラして起きているのが辛い。
それにひんやりとした床が気持ちいい。
染岡がもう一度水を持って戻ってきたときにはもう、俺はそのまま床で眠りについていた。


俺はその日、眠りにつく直前まで考えていたせいか、鬼道の夢を見た。
ゴーグルをしていない鬼道が俺の所へやってきて、俺を抱き上げベッドまで運ぶ。
俺は嬉しくて何度も何度も名前を呼びながら、その首に抱きつく。
鬼道はそんな俺の顔を優しく撫でると、微笑を浮かべたまま唇を重ねてくる。
俺たちは激しくキスを交わしたまま、いつのまにか裸になり体を繋げていた。

そんな俺の願望が混じった悲しい夢。
目が覚めると、そこはやっぱり染岡の部屋で、
俺は起き上がりながら、自分の女々しさに溜息をつく。
自分の未練を断ち切るように首を大きく振る。
そこで漸く昨日床で寝たはずの俺が、何故か染岡のベッドで寝てることに気づいた。

げ、なんで俺ベッドで寝てんだよ…。
自分で移動した覚えは勿論無いし、床で寝た後の記憶なんて全然無い。
記憶にあるのは変にリアルだった昨日の夢。
あれ、どこまでが夢だったんだろ?
訊ねようにも部屋に染岡の姿も見えない。
俺は途端に落ち着かなくなって、とりあえず自分の服装をチェックする。
それは昨日着ていたまま変わりなく、俺は染岡に一瞬でも下衆な勘繰りをしたことを恥じた。
でも、確実にベッドに移動したっていう俺の知らない事実があるだけに、何かしたか心配になる。

「おう、起きたか」
俺がベッドで昨日何をしたのか思い悩んでいると、呑気な声で染岡が部屋に入ってきた。

「染岡っ、俺昨日…」
俺はどうしても昨日何したか心配で染岡に訊ねる。
でも、染岡はそんな俺の質問に被せる様に言う。

「お前、酒弱ぇえな。
ビール半分しか空けてねぇのに潰れるんだもんよ」

「わ、悪かったな!」
困ったような顔で染岡にそんなこと言われたら、男としてのプライドが傷つく。
俺は情けない話から、慌てて話を元に戻す。

「それよりさっ、俺昨日何かした?
…誰かの名前呼んだとか」
俺が顔を赤くして訊ねても、染岡は何も言わずに机に向かう。
俺に背を向けたまま、ミネラルウォーターのペットボトルの封を空けてコップに水を注ぎだす。

「何もしてねえよ。
お前が床で寝ちまったから風邪ひくと思ってベッドに運んでやっただけだ。
ったく、真冬に床で寝んじゃねぇよ。
俺んちで凍死なんざごめんだぜ」
そう言うとコップ片手に俺の方を向く。

「薬も飲むか?」
そう訊く染岡に首を振ると、俺は水を受け取る。
そっか、何もしてないのか。
俺は安心して水をコクンと飲む。
染岡が渡してくれた水は、甘ささえ感じる程、すごく美味しかった。

「ありがとな、染岡」
俺がベッドの脇に立つ染岡を見上げれば、染岡は少し頬を染め横を向く。

それはどこから見てもいつもと変わらない染岡の姿だった。
だからこの時の俺は、
染岡が嘘をついているなんてちっとも気づくことができなかった。 

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