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「ここで待っていてくれるか?
夕香がお前が着たら一番に練習の成果を見せたいって言っていたんだ」
いつもの豪炎寺が俺に訊ねる。
俺は頷くことしかできない。

頭の中はさっきの冷たく熱い豪炎寺がぐるぐる廻る。


いつもの優しくて頼りになる穏やかな豪炎寺は、たぶん仲間とか近しい人に見せる姿なんだと思う。
冷たい豪炎寺はそれ以外の存在に見せる顔。

でも、それだけじゃなくきっと一番奥にもう一つの顔を隠してる。
それがさっき垣間見た熱い眼差し。


きっとあの目が一番大切な人だけに見せるもう一人の豪炎寺。


炎と称されるに相応しい本当の豪炎寺。


男のままでは見ることが絶対できない姿。
でも女になったら、さっき本人に言われたように穏やかな豪炎寺にさえ会えなくなるんだ。
俺は下唇を噛み、考える。
どんなに考えても頭の中は豪炎寺の瞳に支配されたままだった。



「半田おにいちゃん!」
夕香ちゃんの声にはっとして前を見ると、ローラーブレードを履いた夕香ちゃんと、
その後ろに夕香ちゃんを心配そうに見つめる豪炎寺の姿があった。

「中庭なら広いからあっち行こう!」
夕香ちゃんに腕を引かれながら、
約束どおり夕香ちゃんの腕前を見るためマンションの中庭に移動する。

「もうちゃんと滑れるんだな」
歩く俺の手を引きながら、危なげなく滑る夕香ちゃんに感心して言う。

「滑るだけなら簡単だよ。
もっとすごいの今日は見せちゃうからね」

「お、じゃあ期待しちゃおっかな」
いたずらっぽく笑う夕香ちゃんに笑いかける。
無理してでも笑えば、いつもの調子が少しずつ戻ってくる。


「ちゃんと見ててねーっ!」
中庭に着いて、離れた所から夕香ちゃんが手を振る。

隣に立つ豪炎寺からいつもより半歩離れて立って手を振り返す。
スピードを上げて滑りだし、俺達の前でダンっとジャンプする。
くるりと見事に一回転をして着地すると、満面の笑みで俺たちに近寄ってくる。

「すっげー!何今の!?なんであんなのできんの?」
俺が素直に感嘆の声をあげると、夕香ちゃんは自慢げな顔をする。

「えへへ、すごいでしょ?
吹雪おにいちゃんの真似だよ」

「も一回、もう一回やってみてよ」
興奮して俺がそう言うと夕香ちゃんは今度は「アイスグランド」と言いながら一回転ジャンプしてみせる。

「夕香ちゃんすっげー」
俺が夕香ちゃんに駆け寄ると、夕香ちゃんは俺に抱きついてくる。

「半田おにいちゃんって夕香より子供っぽいよね。
でもそんなとこ、だーい好き」
いつもだったらこんなこと可愛い夕香ちゃんに言われたら調子に乗って
「そんなこと言ってくれるの夕香ちゃんだけだよ〜。
俺も夕香ちゃん大好きー」
とか言って二人でくるくる廻ってるところだ。
でも今日は…。


チラリと豪炎寺を見ると、苦々しい顔で俺達のことを見てる。
明らかに可愛い娘を嫁がせる父親の気分になってる。
さしずめ俺は新郎ってところか。
そう思うと苦いものがこみ上げてくる。
このまま男でいたら、こんなことがあと何回あるんだろう。
そんな豪炎寺を見ていたくなくて俺はぎゅっと目を瞑る。


目を再び開けた時には、もう俺の心は決まっていた。


「夕香ちゃん、豪炎寺がすっごい顔してるよ」
俺がそう言うと、夕香ちゃんは俺から離れて豪炎寺を見る。
俺はわざとからかうような顔をして夕香ちゃんに言う。

「昨日夕香ちゃん、俺と結婚するって豪炎寺に言ったんだって?
あいつそれでショック受けてたぞ」

「え〜、だっていつまでもお兄ちゃんと結婚するなんて言うわけないでしょ?
いくらお兄ちゃんのこと世界で一番大好きでも、兄妹なんだから結婚できないもん」

「だってさ。
今でも夕香ちゃんにとってはお前が一番だって」
豪炎寺は珍しく顔を少しだけ赤くして困った顔をしている。
…良かった、豪炎寺を喜ばせることができて。

「ねえ豪炎寺が一番だったら俺は何番目なの?」
しゃがみこんで訊ねると夕香ちゃんはイタズラがバレたように笑う。

「お兄ちゃんとパパとフクさんとお友達なんかの次だから九番目かな?」

「そんな低いの!?」
実は二番目ぐらいかなと密かに思っていたのにまさか一桁ギリギリとは思わなかった。
でも、そんなに低いなら逆に良かったかもしれない。

「でも、でもね男の子の中では一番だよ?
他の人とは全員結婚できないもん」
がっかりした俺を励ますように夕香ちゃんが言う。

「あはは、ありがと。
でもさ俺も夕香ちゃんと結婚できないんだ。

…だって俺、女なんだもん」
俺がそう言うと夕香ちゃんの元々大きな目はまん丸になる。

「嘘!?」

「本当、本当。ほら」
俺はそう言って自分の小さな胸に夕香ちゃんの手を乗せる。

「本当だ!!」
驚いている夕香ちゃんの頭に手を置いて立ち上がる。


「豪炎寺」
眉を寄せ厳しい顔をしている豪炎寺にまっすぐに向き合う。

「…いいのか?」
低い声でたったそれだけを訊ねてくる。

「いいよ。
だって、お前はまっすぐ向き合わないと応えてくれないだろ?」
一度覚悟を決めてしまうと、そんな質問ぐらいじゃ俺の気持ちはぶれない。

「応えると決まった訳じゃない」
こんな冷たい反応だって想定の範囲内だ。

「でも可能性はゼロじゃない。
一パーセントでも可能性があるなら俺はそれに賭けるよ」
俺が笑顔でそう言うと、豪炎寺はばっさりと切り捨てる。

「今の時点ではゼロだ」
うっ、今のは流石に気持ちが萎えた。
でも、それでも俺はこの気持ちを諦めたくない。

「これからどんどん増やしてやる!!」
俺が豪炎寺を指差して言うと、ほんの少し、ほんの少しだけど豪炎寺が笑う。

「期待はするなよ」

その口の端がほんの少し上がった顔が嬉しくて、俺は走り出す。


「じゃあ俺、今日は帰るな!
夕香ちゃん!いつになるかわかんないけど今度来る時はスカートで来るからねー!!」

俺が振り向き大きく手を振ると、
首を傾げながらも手を振る夕香ちゃんと、
腕を組み俺の方を見ようともしない豪炎寺がいた。

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