2



「おい、血が出てるぞ」

練習中、豪炎寺に声をかけられた時、俺は何のことかさっぱり分からなかった。
怪我した覚えも、血が出るようなことをした覚えも全くなかったから。
強いて言えば、さっきからお腹の辺りがずっしりと鈍く傷むぐらいだ。


「えー?俺、怪我なんてしてないぜ」

自分でも気づかない内に怪我でもしたのかなぁと思って、俺は前から見えない腕の裏側を覗き込んでみた。

「いや、足のところだ」

その言葉に俺は視線を腕から足に移動させた。


少し日焼けした足の内側に一本の赤い筋。
それはまるで赤い蛇が俺の中に入り込もうとしているようで、俺は小さく叫び声をあげる。

……生理だ。


それに気づいた途端、ぐらっと目の前が歪んだ。
眩暈でまっすぐ立っていられない。
全身の血が心臓に戻ってしまったように、くらくらする。
俺は倒れないように豪炎寺の腕にしがみついた。


「大丈夫か?」

豪炎寺の声に俯いたまま大きく首を振る。
地面はぐらんぐらんと揺れ、気持ち悪くて吐きそうだ。


「おーい、大丈夫かあ?」

遠くから円堂の声が聞こえる。
気分が悪そうな俺の事を心配してくれたんだと思う。


でも拙い。
ここで皆が集まってきて大騒ぎになったりしたら、俺の秘密が下手すると全員にバレてしまう。
俺は慌てて顔を上げる。
俺の視界は暗くチカチカと霧がかっていて、そのぼやけた視界の中でやけに豪炎寺の顔だけがはっきり見える。


「助けて、豪炎寺」

俺の声は想像以上に擦れて小さな声だった。
ヤバい、声がこんなに出ないなんて。
皆が集まる前に隠さなきゃいけないのに、こんな小さな声じゃ豪炎寺に伝わったか自信ない。
でも、そんな小さいけど俺の必死の叫びにも豪炎寺はちゃんと頷いてくれた。


「貧血みたいだから部室で休ませる」

そう円堂に大きく言い返すと、俺を背中に背負う。


豪炎寺の背中は、広くて、暖かくって、頼もしかった。
なんだか安心してしまった俺の視界はどんどん狭くなり、どんどん暗くなる。


「お前、女だったのか」

豪炎寺のそんな呟きを聞いたのを最後に、俺は意識を失ってしまった。




目が覚めると、そこは部室で。
俺はタオルの敷かれた椅子に凭れる様に座っていた。
鈍い腹の痛みに下を見ると、敷かれたタオルに少しだけど血がにじんでいて、俺に忘れたい現実を突きつける。
ほんの数分前まで想像さえしていなかった現実に、俺は椅子の上で膝を抱える。


俺の女の部分は飾りじゃなくて、ちゃんと機能していた。
数分前まで俺は男でしかなかったのに、今は男と女の間で揺れている。
自分が自分と思っていたものが崩れていくのを感じて、強く唇を噛む。
今は口の中に広がる血の味だけが、俺の中で確かなものだった。


暫くして、部室のドアが開く気配にはっとして身構える。
中に入ってきたのは豪炎寺で、今の俺はその姿を見ただけでなんだか安心してしまう。
豪炎寺に頼りきっていた。


「これ、必要だろう?」

差し出された袋の中には、女性用の生理用品一式が入っていた。
こんなのCMでしか見たこと無い。
風船にぴったりフィットするって事と、横漏れしない方がいいんだよな、確か。
そんなうる覚えの情報しか知らない俺が、まさかこんな風に実物に対面するなんて想像もした事なかった。
紙袋の中にきちんと収まっている四角いパッケージはなんだか現実味がない。
これを俺が使う…?
……どうやって?
笑えない冗談みたいに、乾いた笑いと涙がこみ上げてくる。
固まったまま、袋の中を見つめる俺に豪炎寺が訊ねる。


「もしかして分からないのか?」

俺が頷くと、豪炎寺は俺の手から袋を取り、中から一式を取り出して開封しだした。


「専用の下着にこれを付けるんだ。
テープがついてるからちゃんとずれない様になってる」

淡々と説明しながら、豪炎寺は女性物の下着に照れもせずナプキンを貼り付ける。

「ほら、これで大丈夫だから早く着替えて来い」

そのままでも穿けるようにしてくれた下着を、豪炎寺はもう一度袋に戻してから俺に差し出した。
俺が手間取る事無く着替えられるようにしてくれたのも、下着が見えないように袋の状態で渡してくれたのも豪炎寺なりの気遣いだと思う。
豪炎寺の優しさのお陰で、俺は差し出された袋を素直に受け取れた。


「あ、ありがと」

袋を胸に抱え、ちらりと上目遣いで豪炎寺を見ると、大丈夫って言ってるみたいに微笑を浮かべている。
頼りがいのある、力強い表情。
豪炎寺らしい見慣れた表情のはずだった。


だけど俺は慌てて目を逸らすと自分のロッカーからジャージを取り出し、シャワールームに逃げ込む。
大急ぎで鍵を閉め前を向くと、シャワールームの大きな鏡に真っ赤になった俺がいた。



 

prev next





第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -