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「もしかして怒ってる?
なあ、俺何かした?」
俺は遂に不安で我慢できずに豪炎寺に訊ねる。
学校を出てから一言も話さないし、そりゃいつもだってそんな話す訳じゃないけど、
今日は落ち着かないように持っている鞄をカリカリと擦ってる。
こんな豪炎寺見たこと無い。
「…いや」
豪炎寺は一応否定してくれたけど、凄い苦い顔をしている。
「じゃあ何かあったのか?
いつもと様子が違うけど」
俺が心配で重ねて訊ねると、返ってきた答えは意外なものだった。
「夕香が…」
「夕香ちゃんが?」
夕香ちゃん絡みで俺がしたことで、豪炎寺が怒りそうなことって何かあったっけ?
もしかして、俺が先週あんな約束したから夕香ちゃんが練習で無理して怪我したとか!?
「もっ、もしかして夕香ちゃん、怪我でもしたのか!?」
俺が泡食って訊ねると、豪炎寺は俺の方を見てさらに不機嫌そうな顔をする。
「いや、そうじゃない」
そう言うと豪炎寺が珍しく続きを口にするのを逡巡するように口篭る。
「夕香は大きくなったらお前のお嫁さんになりたいんだそうだ」
「はあっ!?」
思ってもいなかった答えで思わず驚きの声が出る。
「少し前まではおにいちゃんと結婚するって言っていたのに、
昨日お前の話題になったらそう言っていた。
いや、いつまでも俺と結婚するなんていい続ける訳がないことは百も承知だ。
ただこんなに早いとは思っていなかっただけに、少しな…」
「無理!!」
一度口にすると愚痴が止まらなくなっていた豪炎寺は俺の突然の大声に歩みを止める。
「俺は豪炎寺のお嫁さんになるんだから無理!!」
俺は咄嗟に本音が出る。
だって豪炎寺は夕香ちゃんのことばっかで、俺のことなんか全然考えてない。
俺が誰と結婚しても別にいいって考えてるってすぐ分かる。
むしろ夕香ちゃんを奪った憎い相手ぐらいのポジションなんて酷すぎる。
俺は顔を赤くして俯き豪炎寺の返事を待つ。
でも、豪炎寺から俺が期待するような返事なんて返ってこなかった。
「置いていくぞ」
その声に顔を上げると豪炎寺はだいぶ先に行っていた。
俺が慌てて追いつくと豪炎寺は笑いを含んだ声で言う。
「男がお嫁さんになれる訳が無いだろう」
あんな決定的なことを言っても豪炎寺は俺に対して男扱いを変えてくれないんだ。
それは今までの俺の努力が何の意味も無いんだって気づかせた。
こうやって何回家に遊びに行っても、
いくら二人きりになったって、
いつも一緒にいたって、
豪炎寺が俺を男としか見てくれない限り何の意味も無いんだ。
歩みを止めた俺を豪炎寺が振り返る。
「どうした?」
優しいけど残酷な顔して豪炎寺が訊ねる。
「俺の気持ち、気づいてるんだろ?」
「何のことだ?」
表情一つ変えないで豪炎寺が言う。
どこまでも残酷な豪炎寺の答え。
俺は現実を変えたくて大声で叫ぶ。
「俺のこと女として見てよ!!
俺、お前の前ではいつだって女だよ!!」
俺がそう言うと途端に豪炎寺の雰囲気が変わる。
いつも見せる穏やかな顔からむしろ怖ささえ感じる冷ややかな顔へと。
俺はその鮮やかな変貌に息を飲む。
「本当にお前を女として扱っていいのか?」
俺の腕を掴んで豪炎寺が訊ねる。
豪炎寺と間近で目が合う。
冷ややかな顔なのに燃えるようなその眼差し。
怖いのに、魅了されて目が離せない。
「お前が女なら、こんな近くに近寄らせない。
お前に優しくすることも無い。
俺は、自分が好きな相手以外に勘違いさせるようなことはしたくない」
はっきりと言い切る言葉は冷たくて、こんな豪炎寺は初めて見る。
でも、たぶんこれが女に見せる豪炎寺の顔。
俺が声も無く豪炎寺を見つめていると、ふっと豪炎寺がいつもの顔に戻ってしまう。
「早く行こう。夕香が待ってる」
そう言うと俺を振り返りもせずに家路を急ぐ。
この時の俺は豪炎寺の変化に圧倒されて、
ただ無言で豪炎寺の後をついていくことしかできなかった。
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