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鬼道がファミレスに現れたのはそれから五分後だった。

「随分早かったな。良かったじゃねぇか」
染岡はそう言うと自分の分の勘定をテーブルに置く。

「帰るのか!?」
思わず中腰になる。

「当たり前じゃねぇか。
お前たちの恋愛話を直で聞くシュミは俺にはねぇ」
取り付く島も無くそう言うと立ち上がる。

「ちゃんと鬼道が何思ってるか聞くんだぞ」
俺に指差しそう言うと、入り口でキョロキョロしている鬼道の方へ行ってしまう。
鬼道と一言二言会話を交わすと、染岡は勝手にセッティングだけして本当に帰ってしまう。


俺の席に来た鬼道は息が上がっていて、急いで来てくれたんだと思うと、それだけで嬉しかった。

「…なんか頼む?」

「いや、いい」
そう言う鬼道に俺は水を持ってくる為、席を立つ。
何を話していいか分からなかったし、少しでも落ち着きたかった。


水を持って席に戻ると、さっきまで時間を見るために出していた携帯が光っていた。
見ると染岡からのメールで、
『さっき鬼道にお前のこと泣かすなって言ったら、当たり前だって言ってた。
だから安心して訊いてみろ』
絵文字も一切無いシンプルな文章が書いてあった。
チラリと鬼道を見ると、そんなことを染岡に言ったとは思えない程苦い顔をしていた。


「染岡に言ったのか?」
何から話していいか考えていると、鬼道の方から訊ねてくる。

「ああ、昨日お前といたのが俺だって分かったんだって。だから…」

「円堂達は気付かないのに染岡だけは気付くんだな」
なんだか言葉に棘がある。
まあ、昨日俺があんな捨て台詞吐いたんだから当たり前か。

「もしかしたら豪炎寺も気付いたかもって染岡が言ってた」
俺がそう言うと鬼道は一瞬だけぴくっと眉が動く。


「…話ってなんだ?」
でもそのわりに鬼道は俺の答えを無視していきなり本題に入る。

「うん…」
俺が言いよどんでいると、鬼道の方から口を開く。

「昨日のことか?」
さっきと違って声の調子が優しい。
俺が顔を上げて見ると、少しだけど口元が綻んでいる。
あれ?怒ってないのかな。

「怒ってないのか?」
俺は恐る恐る訊ねる。
返ってきたのは、当たり前だって顔の頷きだった。

昨日の俺は無理やり鬼道に訊ねて、
返ってきた答えが自分の思い通りじゃないからって、勝手に一人で拗ねて怒って帰ってしまった。
鬼道の答えが至極尤もな答えだって分かったら、
心情的に納得できなくても、大人気なかったって今は素直に思える。


「昨日は自分勝手なことばっか言って悪かった」
一番聞きたいのは鬼道の気持ちだけど、それ以上に今は仲直りしたかった。
俺が頭を下げて謝ると、鬼道はいつもの偉そうな口調で言う。

「俺も言葉が足りなかったから、お互い様だ」
俺は顔を上げ、鬼道を見つめる。
口調は偉そうなのに、顔は優しい顔してる。
これって仲直りできたのかな?

「あのさ、昨日の俺は大人気無かったって思うけど、今でもお前の答えには納得できてないんだ。
ううん、勿論お前の言ってることが正しいってことは分かってる。
ただ、お前にはもっと違う答えを言って欲しかったっていうかさ。
ごめん、もっと自分勝手だよな」
なんか自分で言ってて回りくどいって思えてくる。
俺はテーブルの下でぎゅっと手を握り締める。
意を決すると俺は鬼道をまっすぐ見た。


「あのさ、お前って本当に俺のこと好きか?」
言った!!
俺がはっきりと言い切ると鬼道は一気に昨日散々見た嫌そうな困った顔をする。


「今謝ったばかりで、昨日と同じことをするな」

「だってどうしても訊きたいんだ。
昨日あんな風に拒絶されてさ、今日染岡にも鬼道が俺のこと好きとは思えないとか言われちゃうし。
不安、なんだよ。
俺と付き合ってるのは簡単にヤれるから、とかじゃないよな?」
俺は上目遣いで鬼道を見つめる。
鬼道はそんな俺を見て、長い溜息をつく。


「俺はこんなやり取りを何回も繰り返す気はない。
…だから一度しか言わないからよく聞いておけ」
鬼道はそこで一度言葉を切る。
俺は固唾を飲んで鬼道の言葉の続きを待つ。


「俺はお前が男だろうが、女だろうがどちらでも構わない。
お前は一人きりだし、どちらだろうとお前はお前だ。
俺はお前が、お前だから好きなんだ」


俺はまさか鬼道がこんな風に言ってくれるとは思ってなかったから、
圧倒されて言葉も出ない。
何も言えず固まってしまった俺を見て、鬼道は嫌そうに眉を顰める。

「こんなのは俺の性に合わん。
ほら行くぞ、お前昨日服を忘れて行っただろう」
そう言うと俺の腕を掴み、立ち上がらせる。

「ワンピースで帰って大丈夫だったか?」
さっきの告白なんてなかったみたいに訊いてくる。

「だいじょーぶ。
知り合いには会わなかったけど、家族には見られて家族会議になった」
俺の頭はぼうっとしていて、催眠術にかかったみたいに口が勝手に動く。
鬼道の告白の前ではどんなことも些細な事に感じる。

「そうか、では今日はお前の家に挨拶に行く。
お前の服はまた今度だな」
いつもみたいに俺の頭に手を置いてから、スタスタと会計に向かう。
頭に感じた手の感触ではっと正気に戻った俺は、鬼道の言葉に愕然とする。
今、俺の家に挨拶に行くって言った…。

「ちょっ、ちょっと待てよ」
俺は慌てて鬼道を追いかける。
会計を済まそうとしている鬼道を制止して、お金を払っていると、その間に先に鬼道は行ってしまう。


この日初めて鬼道は俺の家に来た。
しかも親に挨拶する為に。

ただ俺が想像していた『お子さんとお付き合いしています』的な挨拶ではなく、
『只の友人として体の相談に乗っています』的なものでしかなく、また喧嘩になったのはまた別の話。

そして秋になって、FF優勝と、プールの見学の時から女の子と仲良くなったおかげで、
俺が女の子に今までと違ってモテるようになると、途端に鬼道が俺に女になることを勧めてくるようになり、
結局あの時の告白が俺の質問に答えてくれたってだけでなく、俺が女になって豪炎寺や染岡と浮気しないよう男でいさせるために、
今まで隠していた本音をわざと言ったことが分かりまた喧嘩になったのも、これもまた別の話。

でも今は、とりあえずハッピーエンド。


 END

 

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