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上手くいってる、か…。
喧嘩中の俺は、折角祝福してくれてる染岡の言葉に何も言えない。
「おいおい、勘弁してくれよ。
また何かあったのかよ?」
暗い顔をしている俺に、ウンザリしたように言う。
俺が黙り込んでいると、丁度注文していた品が届く。
染岡が何も言わずに食べ始めるから、俺も何も言えないまま食べ始める。
黙々と二人で食べていると、染岡が俺を見ずに静かに訊いてくる。
「前みたいに聞いてやっから、話してみろよ。
本当は嫌なんだぜ、今回は相手が鬼道だって分かってるから。
変にリアルに想像しちまってよ」
俺は食べる手を止めて、染岡を見る。
俺の視線に気付いた染岡は俺をチラリとみただけで食事を続ける。
「あのあと、喧嘩でもしたのか?」
促すように訊いてくる。
そんな染岡が本当に染岡らしくて、俺は素直に話しだす。
「昨日さ、初めてのデートだったんだ。
初めて女の格好して、初めて外で二人で会って、手繋いで。
いつもとさ、少しだけ違う鬼道の態度とか、すっげぇドキドキしたけど本っ当に嬉かった。
だからさ俺、鬼道に言ったんだ。
…女になりたいって」
昨日を思い出しながら、少し照れくさくて俯きがちにゆっくりと話す。
最初は食事しながら聞いていた染岡は、
途中からだんだんその手が止まり、遂には頭を抱えてしまう。
「おい、お前は俺を殺す気か?
惚気るつもりなら他の奴にしてくれ。
俺はまだお前と鬼道が付き合ってるってだけでいっぱいいっぱいなんだぜ?」
ウンザリしたように俺を睨む。
「そんなんじゃない。
だって、だってアイツ…」
昨日の事を思い出すと自然と顔が歪む。
正直、俺だって惚気話になるようなことを期待してたよ。
でも、鬼道は違った。
「鬼道さ、俺になんて言ったと思う?
一時の感情でそんな大切なこと決めるなんて正気の沙汰じゃ無いって言ったんだぜ」
俺は涙が溢れてきて、泣かないように話ながら何回も何回も瞬きする。
「俺だって本気じゃ無かった。
軽い気持ちだった。
ただ、アイツが鬼道が笑って受け入れてくれるだけで良かったのに、それで終わる話だったのに、それなのにっ」
…ヤバい、泣きそう。俺は慌てて上を向く。
上を向いた俺の腕を染岡がちょんとつつく。
「おいっ、お前が鬼道のこと好きなのは分かったけどよ、
向こうは本当にお前のこと好きなのか?
普段の鬼道からはそんなの全然感じねぇし、
今のお前の話からも全然そういうの伝わってこねぇしな。
もしかして今も向こうはお前の、そのぉ…か体だけってことはねぇんだよな?」
染岡が怪訝な表情でそんなこと言うから、折角堪えた涙が、また溢れて零れる。
「そんなのっ、俺が知りたいよ!」
俺は泣いてる顔を隠す為、壁の方を向く。
「チッ」
染岡は舌打ちすると、頭をガシガシと掻く。
「まあ、大丈夫だろ。
昨日鬼道のヤツ、お前のことちゃんと恋人だって言ってたじゃねぇか。
あれ、聞いてて結構照れたぞ」
染岡の言葉で昨日感激した鬼道の言葉を思い出す。
「…うん」
でも昨日あんなに嬉しかったのに、今の俺の不安や怒りを払拭する程の効果は無かった。
「それによ、鬼道の言葉も一理あるぜ。
お前今度のサッカーボールフロンティアのことすっかり忘れてるだろ」
「え?」
俺は全然思ってもいなかった染岡の言葉に思わず聞き返す。
「女になっちまうとよ、大会出れないんだぜ?
三年間サッカー部にいるの俺ら三人だけなんだぜ。
それなのにお前最後の大会出れなくていいのかよ?
折角大会に出れるようになって、今回も優勝狙ってんのに、お前それでいいのかよ!?」
そうか、女になるってそういうことなんだ…。
俺は鬼道がちゃんと考えてみろって言った意味がやっと分かった気がした。
俺は今まで男でしかなくて、今女っていう選択肢が広がった。
今女って選択肢を選べば、鬼道の彼女っていう居心地のいい場所を得られるかもしれない。
でも、その分今まで当たり前にできたことができなくなる。
男を選んでも、女を選んでも、必ず何かを我慢しなければならないんだ。
染岡でさえ考え付くのに、俺は自分のことなのに、
そんな当たり前なことさえ考えたこと無かった。
「俺って、考え無しだったのかな…」
俺は俯いて呟く。
「仕方ねぇだろ。
…恋は盲目って言うもんな」
染岡は食事を再開しながら言う。
たぶん今めちゃくちゃ照れてるんだろう。
「だったら俺、鬼道にも盲目でいて欲しい」
鬼道の言葉に納得はできたものの、
鬼道が俺に対していつでも冷静なままでいるのは正直面白くない。
それが我侭な俺の本音だった。
「アイツ結構、根は真面目だからな。
そういうの無視できねぇんだろ。
…ああ、そうだ」
染岡は何かを思いついたみたいで、携帯を取り出す。
「よう、今お前どこいる?
俺ら駅に向かう途中にあるファミレスにいんだけどよ、お前出て来れるか?
…そう、そこ。
あん?いいから来いよ!
半田がお前に話があるんだってよ」
そう言うと相手の返事も聞かずに電話を切る。
「鬼道、今から来るって」
「はあ!?」
さらっと言われたその言葉に俺は目を剥く。
「何勝手に決めてんだよ!?
それに今返事聞いてなかっただろ?
来なかったらどうすんだよ!?」
俺は凄い剣幕で染岡を責める。
ただでさえ喧嘩中だってのに、これで鬼道が来なかったらショック倍増だ。
「そんときゃ、鬼道にとってお前が大したことない存在だって分かるじゃねえか」
人事だと思って染岡はそんなことを言う。
「うだうだ悩むより、本人に訊くのが一番早いからよ。
今、円堂達と鉄塔広場にいるって言ってたから十分ぐらいで来るんじゃねぇか?
」
そう言うとドリンクバーに行ってしまう。
俺は仕方なく半分ぐらい残ってる昼飯に手をつける。
それはすっかり冷めていて、中々喉を通らない。
たぶん、喉を通らない理由はそれだけじゃないはずだけど
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