8



次の日、俺は家から避難するように部活に向かう。


鬼道の部屋から逃げるようにして帰った時に、慌てて抱えた服はその日来たワンピースで、
戻る訳にもいかない俺は仕方無くそれを着て電車で帰ってきた。
運良く知り合いに会わずに帰ることができたが、家族はそうもいかず、
オフクロに散々問い詰められた。
それに辟易して、いつもよりだいぶ早い時間に家を出て来たって訳だ。


ただはっきり言うと、部活にも行きたくはない。
理由は言わずもがなだ。

俺はコンビニに寄ったり、だらだら歩いて学校に向かったので、
結局着いたのはいつもと大して変わりない時間だった。
部室の前で中を覗くと、会いたくない人物はもう来ていた。
昨日家族に吊し上げにされてた俺は、あまり考える時間も無く、
別れるつもりは無いものの、未だ許せないままでいた。

…まあ、悩んでも仕方ない。
どうせ部活の間は普段通り振る舞わないといけないんだ。
俺は内心の緊張を隠して部室のドアに手を掛けた。


部室で何食わぬ顔で着替えていると、途中で頭の双葉を引っ張られる。
びっくりして振り返ると、仏頂面の染岡がいて再度驚く。
染岡は俺に胸があるって知ってるから、今まで着替え中に近づくのは疎か、
声を掛けることさえしたこと無かったからだ。


「なんだよ?」
俺はユニフォームで前を隠して訊ねる。

「…昨日のあれ、お前だろ?」
怒った風に染岡が逆に訊ねてくる。

「なっ、なんのことだよ!?」
思いっきり図星を指され声が裏返る。

「とぼけんな。
背中、水着の跡ついてんぞ」
染岡が声を潜めて言う。

「マジで!?」

日焼けの跡が消えるまで前だけじゃなく後ろも隠さないといけないのかよ。

「おい、部活終わったら詳しく話せよ」
ウンザリしていた俺を肘で叩いて染岡が言う。
不機嫌そうな染岡に渋々頷く。


やっぱり、あれだけ巻き込んでおいて結果だけ報告して名前も言わないで終わりってのは良くなかったかな。
染岡が怒るのも当たり前かも。
ちゃんと話さないとな。

…なんて、格好つけてみたものの、
内心は部活の後、詰問の待っている家にも、
まだ怒りのくすぶっている鬼道の所にも行きたくなかった俺は、
行き場を得てホッとしていた。


部活が終わると、俺の方から染岡に声を掛ける。
染岡は家に来るかと誘ってくれたけど、それは断り二人でファミレスに行くことにする。
流石に鬼道と喧嘩中に、前科のある染岡と部屋で二人きりは良くない気がするし。



「前、言ってた奴って鬼道だったんだな」

ファミレスに着いて、注文済んで、ドリンクバーで飲み物を取って来たら即、ぶすっとした染岡に言われる。

「黙っててごめんな」
未だ不機嫌そうな染岡に謝る。

「確かにサッカー部とは言ってたけどよ。
豪炎寺のことだけで、もう一人は違うと思ってたんだよ。
あんときお前、相手のことボロクソに言ってたじゃねぇか。
そんな嫌な奴はサッカー部にいねぇし、普通そう思うだろ」
ストローでアイスコーヒーの氷をガンガンつつきながら訥々と言う。

「そんなん染岡が勝手に思ったんじゃん。
俺、本当の事しか言ってないぞ」
勝手な思い込みで八つ当たりされても困る。
俺はガリガリ氷を噛み砕く。

「お前なぁ、昨日俺がどんだけ驚いたと思ってんだ!?
昨日!
お前が!
女の水着で!
鬼道と!
デート!
してたんだぞ!?
二度見どころか何度見ても我が目を疑ったぜ」

「そんな風に言わなくても良いだろ」

染岡のマイ驚きポイントを強調した言い方に居たたまれなくなる。
顔を赤くしてコーラを飲んだ俺を染岡がストローで指す。

「これだって全部本当のことだろ!?」
そう言われると、その通りで何も反論できない。
黙ってしまった俺に染岡は昨日の一部始終を話し出す。



「昨日、一番初めに円堂がお前らのこと見つけてよ。
『鬼道がいる!』って言うから見てみると、女連れでよ、もう大盛り上がり。
どんな女だ、って話になっても後ろ姿しか見えねぇし。
で、女のこと皆でよ〜っく見てると、頭に見覚えのある双葉があるのに気付いてよ。
んん?って思ってたら、女がキョロキョロしだして、横顔がちらっと見えたんだよ。
ビビったぜ〜、やっぱりお前なんだもんよ。
息が止まるかと思ったぜ」
そう言うとストローは手に持ったまま、直接グラスからゴクリとコーヒーを飲んだ。

「横顔、見えたんだ」
心配で暗い声で呟いた俺を見て、染岡は安心させるように今日初めて少しだけ笑う。

「大丈夫だって、俺以外にバレてねぇって。
アイツらチラッと見えたお前を可愛いって言ってたんだぜ。
予想通り妹系だってな。
お前だって気付いてたらそんな事ぜってー言わねぇだろ」

予想通り妹系…?
何が予想通りなんだろう?
女の格好した俺って妹系か?
口には出さないけど、色々な疑問が頭をよぎる。


「ああ、でも豪炎寺はどうだろう。
アイツ、円堂が挨拶に行くって言い出したら俺と一緒になって止めたからよ。
もしかしたらお前のこと気付いたのかもしんねぇ」
ふと気付いたように染岡が言う。

「うん…、まあ、豪炎寺なら仕方ないよな」

俺の体のことも知ってるし、
チラリとでも見えたのなら鋭い豪炎寺が気付くのは当たり前かもしれない。
暫く二人とも黙り込む。
漸く口を開いた染岡は、また少し不機嫌そうだった。

「俺らが声掛ける、掛けないで揉めてたらよ。
…お前、鬼道に抱き付いただろ?
あれショックだったんだぞ。
お前が前に言ってたこと思い出してよ」
そう言うと、口をへの字にして黙り込む。

「俺、何言ったっけ?」
俺が訊ねると顔を赤くする。

「なんでもねぇよ。
…まあとりあえず、良かったよ。
上手くいってるみたいでよ。
相手が鬼道じゃなきゃ、もっと素直に喜べたんだけどな」
苦笑を浮かべながらも、染岡はそう言ってくれる。
でも、その言葉は今の俺にはただ苦く響いた。

prev next





「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -