5



流れるプールで浮き輪に乗って、ぷかぷか流れる。
これだけなら気持ち良いし、プールも満喫できる。
でも鬼道が俺の浮き輪に掴まってるだけで、どうしてこんなにドキドキと落ち着かないものになってしまうんだろう。

俺はすぐ横にある鬼道の顔を見つめる。
もう全然照れてる様子なんて無く、いつもの顔になってる。
俺はいつまで経ってもどうしても落ち着かなくて、ついに鬼道に声を掛ける。

「なあ、これ緊張するんだけど…」

「そうでなければ困る。
わざとやっているんだからな」
素知らぬ顔でしらっと答える。

「わざと!?」
さっきまで俺の胸に顔を赤くしていた純情な鬼道はもうどこにも存在しなかった。
俺は涼しい顔した鬼道に思いっきり水を掛ける。

「少しは頭を冷やせ、この変態」
俺は顔に水がクリーンヒットした鬼道のことを笑う。

「ひゃあ」
顔の水を拭った鬼道が無言で俺の浮き輪を揺らす。


この後俺たちは、浮き輪揺らされては水を掛けるという、
傍から見たらカップルのいちゃいちゃにしか見えない攻防戦を繰り広げた。




ひとしきり流れるプールを満喫した後、浮き輪を置いて波のプールに移動する。
俺の手を引き、ぐんぐん奥まで連れて行かれる。

「んも〜、何だよ」
結局壁際まで来てしまう。

「皆、考えることは一緒か」

そんな呟き一つじゃ何しにこんな奥まで来たのか分からない。
鬼道は苦笑いを浮かべ、俺を抱き寄せる。

「ほら、掴まれ。
 顔が濡れるぞ」
肩に手を置くと、鬼道は俺の腰に手を廻す。

「もしかして、またわざと?」
俺は上目遣いで鬼道に訊ねる。

「いや、俺がしたいだけだ」

そう言うと、腰に廻した手を片方だけ下にずらす。
そこはもう腰とは言えず、俺は忽ち顔が赤くなる。


「あのさ、手が…」

「手がどうかしたか?」
わかってる癖にわざと惚けてる。

「こんな所で止めろよな」
声を顰めて諫めても、全然止めてくれない。

「誰も水の中まで気にはしない」

顔色一つ変えないで、
後ろに廻った手をさわさわと微かに動かし始める。

「誰かに見られたらどうすんだ!」
鬼道の手を押さえて慌てて小さな声で注意する。

「誰が見るというんだ?」

そう言われて周りを見ると確かにカップルばっかりで、
俺達のことを気にしてる人はいない。
それどころか逆に人目を気にしろと注意したくなる見習ってはいけない大人ばっかりだ。


「だからって俺は嫌なんだ!」
俺はお尻にある手を腰に戻す。

「なんか前みたいなんだもん…」

外で誰が来るか分からない場所で散々襲われた時期が辛かっただけに、
あの時みたいなことを鬼道と今さらしたくなかった。


「あの頃とは違うだろ?
 俺もお前もお互いにな」

あの頃のことが話題に上がるなんて初めてなのに、
全然揺るぎ無い鬼道はなんかズルい。
俺はあの頃自分の想いに気付かず、
変わる自分とそうさせる鬼道が怖くて憎んでさえいたのに、
鬼道にとっては何の変哲も無い過去に過ぎないのかもしれない。
そういえば、最初俺のことを物扱いしてた鬼道は、
いつ俺のこと好きって思ったんだろう?


「ねぇ、あの頃少しは俺のこと好きだった?」

「はっ?」
鬼道は俺の唐突な質問にスッゴい嫌そうな顔をする。

「今、鬼道が自分で変わったって言ったじゃん。
 ねぇ、どう変わったのか教えてくれよ」

「…それは意趣返しのつもりか?」

「‥‥?何が?」
鬼道は何だかんだ言って中々答えてくれない。

最後の手段で俺はゴーグルに手を掛ける。
ゴーグル無しの鬼道は着けてる時より分かりやすくて、俺でも考えてることが殆ど分かる。
鬼道は俺の手を避けると、嫌そうな顔のまま口を開く。


「今は信頼関係があるという意味だ。
別に深い意味は無い」
不機嫌そうにそれだけ言う。

「なんだよ、それ。答えになってないじゃん。
…もしかして、俺のこと全然好きじゃなかった?」

もしかしたら深く追求したら地雷原が広がってるかもしれない。
今一緒にいることが大切だって分かってるのに、
一度気になってしまったら聞かずにはいられない。
俺は俯きがちに答えを待つ。

「そうは言ってない。
女の格好をしているせいか、今日のお前は随分女性的だぞ」

「なんだよ、それ!?」
話を摩り替える鬼道に腹が立ってくる。
そんなに答えたくないのかよ。

「感覚的だって言ってるんだ。
それに感情を言葉で表すことを強要する。
これが女性的でなくてなんなんだ。
普段のお前ならこんなこと言い出さないだろ」

「今まで聞いた事無かったから気になるんだろ!?」
男とか女とか関係ない。
ただ鬼道に好きって言って貰いたいだけなのに。

「なあ、答えたくない理由でもあるのか?」
俺が小さく訊ねると、鬼道はついにそっぽを向いてしまう。

「半分でも女だな。…勘が鋭い」
そう言うと観念したのか、やっと答えてくれる。

「みっともないくらい、お前に執着していた。
それこそ思い出したくもないくらいにな」


…ちゃんと俺のこと好きだったんだ。

俺は鬼道の言葉だけでなく、ちゃんと答えてくれたことにも感動してた。
鬼道は自分の恥とかみっともないところを人に見せることをすっごく嫌っているのに、
それなのにちゃんと答えてくれた。
俺のことすっごく大切にしてくれてるって伝わってくる。


「鬼道っ!」
横を向いてしまった鬼道に思いっきり飛びつく。

「外では嫌だったんじゃないのか?」
皮肉気なその言葉さえ可愛く感じる。
その耳元にそっと顔を寄せる。

「どうしよう。今すっごいキスしたい」

「気が合うな。俺もだ」

そう言う鬼道と顔を合わせて笑い合う。


次の波が来た時、周りと反対に二人合わせて水に潜り込む。
水の中までは誰も気にしないって言う鬼道の言葉は本当だった。

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