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鬼道が気だるげに俺に凭れかかる。
体全体に感じる重みと暖かさが俺の心を解きほぐす。
まだ俺の中にある鬼道が勇気を与えてくれる。
もしかしたら鬼道だって俺の事嫌いじゃないのかも。
情事の間に感じた鬼道の情が、俺の錯覚だったとは思いたくない。
最初から最後まですっげー優しかったもん!
嫌われてるはずない!!


「なぁ、鬼道?」

俺は鬼道の背中にゆるく手を廻した。

「なんだ?」

俺の呼び掛けに体を起こそうとするのを、ギュッと抱き締め阻止する。

「もし俺がさ……」

俺がどう伝えていいか言葉に迷っていると、さっきまで起き上がろうとしていた鬼道がもう一度凭れてきた。
それが嬉しくて、心がほっこりして勢いがつく。
どうしても好きって伝えたい!
これが最後なんて嫌だ!
そういう思いが急に湧き上がってきて、俺はついぽろっと零してしまった。


「俺、お前のこと好きぃー……」

うわっ、なんだ今の声。
気の抜けた声で言ってしまった飾り気のないストレートな言葉。
決死の覚悟を台無しにするような告白に我ながら嫌になる。
っていうか…。


なんで俺、こんな泣きそうな声しちゃってんの?


なんかさ、鬼道が久しぶりに頭撫でてくれた事とか。
キスとか。鬼道の笑顔とか。
ずっと届きそうで届かなかったものを初めてくれた事とか。
ううん、そういう大っきい事だけじゃなくて、ぎゅってしてくれた事とか、ちゃんと返事してくれた事とか。
告白しなきゃって思ったら、色々想いが甦っちゃって。
ただ、鬼道だぁ……。
って胸がいっぱいになっちゃった。
自然に鬼道への想いが溢れてた。


「はっ」

それなのにドキドキしながら返事を待っていた俺に聞こえてきたのは、短い嘲笑だった。
背中に回してた手の力が抜ける。


顔を上げた鬼道は、侮蔑の表情を浮かべていた。

「お前はそんな嘘までついて、俺をどうしたいんだ?」

こぷっと濁った音を立てて、俺の中から鬼道が抜けでる。
鬼道の体温が離れ、体が急速に冷えていく。


「う、嘘なんかじゃ…!」

俺は起き上がり必死で叫ぶ。
なんで…!?なんで俺の真剣な告白が嘘って言われてんの?
え?なんで告白しただけで俺、鬼道から罵られてんの…?
手酷い鬼道の拒絶は俺の全身からなにもかもを奪った。
拒絶されたって事を受け入れられなくて、何もかもがゆっくりに見える。
しかも鬼道の声は俺の戸惑いなんてかき消すぐらいの鋭い声だった。


「それを信じろと言うのか!?
そんな他の奴のキスマークをつけたお前の言葉を!?」

俺はその言葉で反射的に首に手をやる。
慌てた俺に、鬼道がまた嘲りの笑いを浮かべる。


「そこじゃない。
…こっちだ」

そう言うと胸をつぅっとなぞる。
そんな些細な刺激でも鬼道に与えられると吐息が漏れる。
鬼道はそんな俺を更に嘲り笑う。


「乱れ過ぎてキスマークをつけられたことにも気付かなかったのか?
ハッ!お前は本当に淫乱だな」

「違うっ!!」

何これ、こんな言い方酷すぎる…!
あまりの酷い言い方に、身体が震えてきた。
元々告白するんで昂ぶっていた感情が、マイナスになった分反動で一気にヒステリックな爆発を起こす。


「これは、そんなんじゃない!
お前が考えているような事とは全然違うっ!!」

染岡は鬼道とのことを後押ししてくれたのに!
鬼道が好きだって気づかせてくれたのに!
鬼道がこんな風に悪く言う資格なんてない!!
俺は鬼道に怒鳴り返していた。


「どう違うんだ!?
既にそういう相手がいながら、俺に抱かれに来るなんて尻軽な淫乱そのものじゃないか!」

「じゃあお前はどうなんだよ!?
コンドームなんて持ち歩きやがって!
お前はレイプするような奴だもんな。
どうせ好き勝手やってんだろ!?変態!!」

鬼道の言葉にカッとなって、さっきは言わずに飲み込んだ事をつい蒸し返してしまう。
売り言葉に買い言葉で、鬼道に投げかけられた酷い言葉は俺の口から鬼道を責める言葉に変換して鬼道に投げつけられる。


「そうだな!
お互いにもう別に相手がいるみたいだし、もういいだろ?
俺はもうお前に振り回されるのはたくさんなんだ!!」

「いつ俺がお前を振り回したんだよ!!お前じゃん!俺を好き勝手にして散々振り回したのくせにッ!!」

「何を言ってるんだッ、いつもそうだ、お前はッ!深く考えもしないで自覚も無いまま思った事を口にしてッ!!
何が『俺が好き』だ!そんなに俺を縛り付けたいのかッ!!いい加減、俺を解放してくれ!!」

「解放して欲しいのはこっちだよッ!!」


鬼道の意味の分からない罵りに、俺は辛抱ならなくて鬼道に枕を投げつけた。
当然のように枕を易々と払いのけたくせに鬼道は、燃えるような怒りの目で俺を睨みつけた。
悔しい!
なんでこんな事で泣くんだよ、馬っ鹿じゃねーの俺!!
そう思うのに、あんなに見たかった瞳が、今、俺への怒りを湛えてぎらぎらと輝いてるのを見たら我慢出来なかった。


「何言っちゃってんの!?ふざけんなぁ…ッ!
お、俺が、…ッ、どんだけ辛かったか、知んないくせに…ッ!
勝手に誤解して、俺の事無視しちゃって、さぁ…ッ、無視されたらどうやって誤解解くっていうんだよぉッ!!
無理じゃんかぁ…ッ、馬鹿ぁ…ッ!!」

一生懸命鬼道の事睨んでるはずなのに、少しずつ鬼道の姿が滲んでく。
それなのに怒りで輝く瞳だけははっきり見えるままなんて皮肉だった。


「誤解!?まだ自分の気持ちを認めていないのか、お前はッ!!
俺がどんな気持ちで……ッ!
それを馬鹿か、お前はッ!!こんな風に何人もの男にふらふらさせる為じゃないッ!!」

「ふらふらなんかしてないッ!!
ふらふら出来なくしたのお前じゃん…ッ!
俺なんか女の子とキスもしてないのに、もうお前じゃなきゃヤダもん…ッ!!
もうッやだぁ…ッ!!お前、馬鹿ぁ…ッ!!
馬鹿、馬鹿、馬鹿あぁぁッ!!
さっきから何回も誤解だって言ってんのにぃぃぃ!!
なんで俺、こんなヤツ好きになっちゃったんだよぉ……ッ!!」


もう堪えきれなくて、俺はわぁってベッドに泣き伏した。
なんでまた喧嘩になっちゃうんだよ。
自分の考えに固執して俺の話なんて全然聞いてもくれないなんて最悪だ。
それこそ染岡の方がよっぽどちゃんと話を聞いてくれた。
きっとまた『勝手に俺のせいにするな』とか俺の事罵るに決まってるんだぁぁぁ!!
俺はわぁわぁ泣きまくった。
だってだって、今日は誤解を解いて告白しにきたのに、振られて誤解されたままとか悲惨過ぎるぅぅ!!
しかも鬼道ってば泣いてる俺の事を放置だよ!?


「なんで急に黙るんだよッ!なんか言えばいいじゃんかッ!!」

逆ギレ気味に俺は鬼道に怒鳴った。
本当むちゃくちゃだけど文句を言われるのもムカつくし、何にも言わないで放置もまた無視されてるみたいで悲しくなってくる。


「え…っ?」

「え!?」

でも俺が顔を上げて鬼道を怒鳴ると、なんでだか鬼道は目の周りを手で隠してた。
しかも俺の視線に気づくと、困ったように唇を歪めると俺から顔を背けた。


え?あれ??なんか鬼道の顔、赤くなってない?


「鬼道…?」

さっきまであんなに怒っていた鬼道に急に何が起きたのか分からなくて、俺は涙が引っ込んでしまう。
背けた顔がどんな表情してるのか気になって、俺はベッドの上で大きく上体を傾け鬼道を覗き込んだ。
ベッドの脇に立ってる鬼道の顔はベッドの中にいる俺からじゃよく見えない。


「あ、イヤ…、は、半田!」

「あ、はい」

俺が覗き込むと鬼道は一瞬慌てた後、改まった調子で俺を呼んだ。
なんか急変すぎて調子狂う。
俺まで改まって返事してしまう。


「お前は誤解と言うが、何が誤解なのかはっきり説明してほしい」

俺が佇まいを正して鬼道の言葉を待つと、返ってきたのはこんな言葉だった。
え?なんで急に鬼道ってば冷静になったんだ?
なんか釈然としないものの、まあ説明できるチャンスをもらえたのは良い事だし。
そう思って俺はやけに厳しい顔をした鬼道をチラチラ窺いながら口を開いた。


「えっとー、鬼道は俺が豪炎寺の事を好きと思ってるみたいだけど、それは違くて」

「…ほう」

・・・。
なんか凄い期待?されてる感じしない?
気のせい…?
目を隠してるくせに鬼道が指の隙間から俺の事、じーっと見てるのが分かるから気が散っちゃう。


「好きは好きなんだけど、それは憧れって意味でー…。
豪炎寺と居ると自然に男の気持ちに戻れるから一緒にいると楽でー…。
えっと、えっと、それはなんでかって言うとー…、お前と居ると勝手に身体も心も女に変わっていっちゃうからでー……」


うう、鬼道が気になっちゃってしどろもどろになっちゃってる。
俺は何が言いたかったか上手く言葉に出来なくて、困って鬼道を見つめた。


「…おい、なにニヤニヤしてんだよ」

「おっ、俺がニヤニヤなんかするはずないだろうッ!言い掛かりは止せッ」


あは。
なんだ。
なーんだ!
そっか!そーなんだ!!
もうっ、最初っからそういう顔してくれればいいのに!


「鬼道のすけべッ!
なーにが『どう誤解してるか説明してくれ』だよ。
俺がどんだけお前の事好きか説明させようなんて趣味悪すぎ!」

「それはまた誤解があってはならないという配慮であってだな。
…そういうお前こそニヤニヤしてるじゃないか!」


あーもうッ、ニヤニヤしちゃうよ、これ!!
だってこんな鬼道、見たことないもん!!
真っ赤になっちゃってさ!口元緩みっぱなしなんだぞ!?あの鬼道が!!
勝手に顔が笑っちゃうよぉーーッ!


「えへ。
えへへへへーーーー!」

「気持ち悪い笑い方をするな!」

ププッ、鬼道だって笑ってるくせに。
「どうなの?」って意味を込めてツンツンとベッドの脇に立ってる鬼道の脚を突けば、鬼道が少しだけ怒った顔で俺の頭をくしゃって撫でた。
もうこの顔が怒った顔じゃなくてニヤけるのを我慢してる顔だってバレてんのにね。
俺がぷぷってまた笑ってしまったせいか、鬼道はそのまま俺の頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜてくる。
あー、もうッ照れてる、照れてる!
鬼道はいつまでもぐりぐりと乱暴に俺の頭を撫でてる。
俺はそのせいで鬼道に顔が見えなくなってるのをいい事に、俺の思ってる事を言い出した。



「俺ねずっと逃げてた。
鬼道の事、好きって認めたら自分が女の子になっちゃう気がして怖かった。
そうじゃない、俺は豪炎寺みたいな格好いい男になるんだって、自分に都合の悪い事から目を背けようとしてた。
・・・でもお前に無視されて。
自分が女の子になっちゃう事よりももっと怖い事があるって思い知らされた」


俺は、鬼道に説明したかった事を面と向かっては恥ずかしくて言い辛い事を口にしていた。
鬼道の手が俺の言葉に動きを止める。
鬼道の手が離れていってしまいそうになって、俺は鬼道に抱きついた。
今、ちょっと顔見られるの恥ずかしい。


「もう、俺の事、無視しないって約束してくれる?」


俺はぎゅうーって鬼道に抱きついて、そう訊ねた。
鬼道はぎゅって俺の肩を抱いた後、俺を自分から引き離した。
見上げた鬼道は、ドキッとするぐらい真剣な顔をしていた。


「ああ、頼まれてももうお前から目が離せない」


それから俺を見つめたまま、ゆっくりと顔を近づけた。
俺が目を瞑るまで、鬼道は俺を見つめたままだった。



 

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