1



走り出した俺はそのままの勢いで鬼道の家まで来ていた。
家に着いてから、俺は鬼道に避けられていたことを思い出す。
もしかしたら門前払いされるかもしんないじゃん。
何回も来ているのに、取り次いでもらうのは初めてで余計ドキドキしてしまう。


インターフォンに出た人は俺のことを知っていたみたいだ。
俺が名乗るとちゃんと中に通された。
しかも上手い具合って言ったら変だけど鬼道はちょうど留守で、部屋で待てるように計らってくれた。
俺は藁をも掴む気持ちで、その人にサプライズがあるから俺が来ていることを秘密にしてほしいと頼み込む。
ここまで来たのに、鬼道に会えなかったら意味が無い。
嘘を吐いてでも、気持ちを伝えたかった。


久しぶりに鬼道の部屋に足を踏み入れると、息をするのを忘れる程、思い出が色濃く蘇ってくる。
くらくらしてベッドに倒れ込むと、途端に鬼道の匂いに包まれる。
それは情事の思い出であると同時に、鬼道がここで日常を過ごしている証。


もう、ここまで来た勢いはどこにも無くなっていた。
心が恐怖で支配される。
俺はこんなにもこの部屋に圧倒されてしまうのに。
鬼道はあれからも変わらず毎日この部屋で過ごして、このベッドで眠りに着いている。
俺と何回も何十回も交わった、このベッドで平気で。
それは鬼道が俺のことを何とも思っていない証拠に思える。


最初に、俺のことを珍しいものと言っていた鬼道。
最後に、俺のことを要らないと言った鬼道。



どう考えても上手くいく気がしなかった。

さっきは鬼道が居なくて門前払いされなくてすんで良かったって思えたのに、もうそんな風には思えない。
すっかり告白するのが怖くなっていた。
なんとも思ってないって信じてた頃だって拒絶されたのが凄く辛かった。
好きだって気づいちゃった今なら、多分もっと辛いはず。
告っても失敗する可能性の方が高いのに、本当にしなきゃいけないのかよぉ〜。
そう思うと逃げたいけど、もう鬼道の部屋に来ちゃったもんな。
というか押し掛けてるって言ってもいい状況だ。
アレ?もしかして今っていつ鬼道が帰ってくるかも分からないのか!怖えええ!
俺は初めて気づいたその事実に、とりあえず身嗜みだけでも整えようと鏡の前に向かった。
久しぶりにちゃんと会うってのに変な格好してたら最悪だ。
鏡を覗き込んで跳ねまくってる髪を弄ってると、ふと自分の背後が目に入った。
鏡の中の俺は、自然に鬼道の部屋で行動してる。
そう言えば、さっき鏡が見たいって思った時も自然に鏡の前まで来てた。
鬼道の部屋なら、何がどこにあるかなんて聞かなくても大抵知ってる。
だって毎日みたいにこの部屋に来てたんだもんな。
慣れ親しんだこの部屋も、今日で最後かもしれない。
でも、もう入る事もないって思ってた部屋に、俺は今、居るんだ。
それは凄い事なんじゃないかって思えた。
無かったはずのラストチャンス。
男ならウジウジしないで、それを活かさないと駄目だろ!





「おかえりー」

俺は鬼道の匂いのする枕を抱えたまま、やっと帰ってきた鬼道に挨拶をする。

「…何故、お前がここに居る?」

不機嫌なのを隠しもしないで鬼道が眉を寄せる。


「お前んちのお手伝いさんに入れてもらった。
ここんちで俺のこと知らないのって、お前の親父さんぐらいだもんな。楽勝!」

最後のチャンスを最大限に活かすって決めた俺は、できるだけ平気な顔で話す。
こんな事で挫けてちゃ駄目だ。


「そんなことはどうでもいい。
何の用で来たのか聞いているんだ」

ほんと言うと鬼道の低い声が怖くて堪らない。
怒ってるよな、確実に。
でも全身の震えは抱えた枕に吸収させる。
大きな枕が少しは隠してくれるはず。


「用?
俺とお前の間で用なんて一つに決まってるじゃん。
俺と最後にもう一回だけ、シよ?」

鬼道が俺の言葉を聞いて、嫌そうに眉を寄せる。
それを見なかったふりして俺は続ける。


「俺達さ、今まで結構上手くいってたじゃん。
お前はどうか知らないけど、俺はお前と一緒に居るの楽しかったよ。
だからさ、最後にちゃんとしたお前との思い出が欲しい。
最後があれじゃ、あまりに酷すぎるからさ。
どうせなら最後はいい思い出にしたいよ」


鬼道は何も言わずに俺を見つめる。
俺は枕を強く強く抱きしめ、鬼道を見つめ返す。
どうかな?これも駄目?
俺は内心ドキドキだ。


・・・どうしても最後に思い出が欲しい。
思い出すと泣いちゃうから思い出さないようにしていた、あの手でもう一度撫でて欲しい。
思い出すなって思っててもふとした拍子に思い出しちゃってた、あの瞳でもう一度見つめて欲しい。


それには一番の近道がHだと思ったんだけどな。
Hな事なら鬼道も前に自分も欲に流されるみたいな事言ってたし、嫌がらないって思ったんだけど…。
後腐れなさそうに装ってみたんだけど、それでも無理かな?
……そんなにもう俺の事、嫌になっちゃった?


暫くの睨み合いの後、鬼道は下を向き長い溜め息をつく。
顔を上げたとき、鬼道はいつもの挑発的な薄笑いを浮かべていた。


「いいだろう。
お前の望み通りにしてやる。
…これで最後だからな」

そう言うと着ていたジャケットを脱ぎ捨てる。
俺を見つめながら一歩一歩近づいてくる。
……良かった!そこまでは嫌われてなかったみたいだ。
俺は抱えていた枕をベッドに戻す。
今から本物が俺を抱いてくれるんだもん、代わりはもう必要ない。


「忘れられない思い出にして」


鬼道は無言でベッドに片膝を着く。
鬼道の重みでベッドが軋んだだけで、心臓が狂ったように音を立てた。
鬼道が近くにいるだけでこんなにも胸が張り裂けそうなのに、もし触れられたら俺はどうなってしまうんだろう。
そう思うと、近づいてくる鬼道が堪らなく怖い。
鬼道の一挙一動から目が逸らせない。


鬼道がゆっくりと俺に手を延ばす。
頬に触れられる瞬間、思わず体が強張る。
手を避けるように体を強張らせた俺に、鬼道の手が一瞬縮まる。
恐る恐る再度触れられた手は暖かく、それだけで目が潤む。
息が漏れる。


「きどぉ…」

思わず漏れた、殆ど息だけの掠れた小さな声。
それを合図に二人でベッドにもつれるように倒れ込んだ。


 

prev next





第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -