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でもそこまで言ったら、いきなり染岡が待ったをかける。
染岡ぁ〜、脱線が多いよ。もう〜!
「待て!
頼もしくて、格好いいってお前、相手もしかして男か!?」
驚いて大声で言われると、顔に熱が集まる。
改めて言われると余計恥ずかしい。
そう言えば二人とも男だ。
おかしいよな…、やっぱ。
「…うん」
「だから俺に名前言えないのか!?」
「うん」
「もう一人ももしかして男か!?」
「うん」
「さっき俺が知ってる奴だって言ってたな。
もしかしてサッカー部ってことはねぇよな?」
「‥‥」
万が一だけどと注釈がつきそうな声で言われた染岡の言葉。
でもど真ん中ストレートの図星を指されて俺は返事も出来ない。
「マジかよ!?」
染岡も俺の態度で分かったみたいで、頭を抱える。
そんなに呆然としなくてもいいじゃないか。
染岡の驚き具合に、ちょっと居た堪れない。
頭を抱えていた染岡は、暫くしてちらりちらりと俺を見た。
それから意を決したように俺に苦々しく口を開いた。
「なあ、それってもしかして豪炎寺か?」
「なんで分かったんだ!?
…あっ!」
まさかの豪炎寺の名前に、思わず口が滑る。
慌てて口を抑えるが、言ってしまったことは無かったことに出来ない。
染岡にも聞こえちゃったみたいだ。
「豪炎寺、なんだな」
染岡が念を押すように言う。
また顔が火を噴いたように熱くなる。
俺は小さく頷くと、観念して口を開く。
「俺、そんなに豪炎寺のこと好きそうに見える?
アイツにも『豪炎寺の為に女になりたいのか』って言われてさ」
俺が真っ赤な顔で訊ねると、染岡は全然違うことを逆に訊ねてくる。
「おい、女になるってどういうことだ?」
そういえば裸は見せたけど、ちゃんと説明して無かったっけ。
「さっき胸見ただろ?
俺さ、男も女もどっちもあるんだ」
今まで秘密にしていたのが嘘みたいに、なんでだか染岡にはあっさりと言えてしまう。
それどころか聞いて欲しい事がありすぎて、少しでもより深いアドバイスしてくれるならなんでも言っちゃいたい気分だった。
「豪炎寺はこのこと知ってて、色々助けてくれてるんだ。
なんかさ豪炎寺には一緒に居るだけで大丈夫っていう安心感があるんだ。
絶対助けてくれるっていうかさ」
「…それ、なんか分かるな」
俺が豪炎寺のことを語っていると、不意に染岡が同意してくる。
「試合の時、どんなにピンチでも豪炎寺にボールが渡ればどうにかしてくれるって思っちまうんだよな。
チームにアイツが居るのと居ないのじゃ大違いっていうか」
「そうそう!
あんな頼りがいのある奴中々居ないよな」
「なっ。存在感が違うんだよ」
染岡と予想外に豪炎寺の話で意見が合ってしまった。
…ム!?ムムム…、ということはもしかして…!
「なーんだ、染岡も豪炎寺のこと好きだったのか」
俺が笑顔でそう結論付けると、染岡は途端に怒り出す。
「誰も、んなこと言ってねぇだろうが!?
そうじゃなくてだな、同じ男としてああなりたいってこと!
俺にとっての目標で、いつかアイツに勝ちたいってことだ!」
同じ「男」として…。
染岡が怒鳴って言ったその言葉は、まるでパズルのピースみたいに俺の中にストンと納まる。
「なあ、お前も豪炎寺を見てると、自分もしっかりしなきゃって気持ちになるか?」
「ん?
ああ、なるぜ。
気持ちが引き締まるっつーかな」
怒っていた染岡は、俺がいきなり質問をしたので一瞬驚いたもののすぐ同意してくれた。
やっぱり、俺の豪炎寺に対する気持ちは染岡のと似てる。
同じ「男」としての憧れ。
豪炎寺の強さに対する信頼。
もしかしたら俺達だけじゃなく雷門中サッカー部の連中皆が、豪炎寺に対して多少なりとも抱いているのかもしれない。
ただ、俺は困ること、悩むことが多かったから余計強く感じているだけ。
たぶんそれが、俺の豪炎寺に対する気持ちの真相。
「俺、豪炎寺に対する気持ちは整理できた気がする」
俺はさっぱりとした気持ちで染岡に笑いかける。
「そうか?
じゃあ次はもう一人の方だな。
もう一人はどんな奴なんだ?」
染岡と一緒なら、どんどんと悩みが解決するかも。
染岡と一緒に考えただけですぐすとんと納得のいく答えが出せた事に、俺は驚愕して素直に鬼道の事を思い浮かべた。
すぐ思い浮かんだのは瞳と手。
それから…。
「いっつも偉そうだし、自分勝手で、俺のことすーぐ馬鹿にするし、話もちゃんと聞いてくれないし!
意地悪で、嘘吐きで、自信過剰で、本っ当に嫌な奴!!」
俺は次々思い浮かんだことを一気にまくし立てる。
すっごい滑らかに鬼道の悪口がどんどん出てくる。
すっげー、俺ってもしかしたら鬼道の事、大ッ嫌いだったのかも。
そうだよな、あんな最低な事平気でするヤツだもん。嫌いで当然だ。
染岡もどんどん出てくる俺の愚痴に呆れ顔だ。
「お前なぁ、そんなん俺に聞くまでもなく答え出てんだろ。
その最低な奴と豪炎寺。
お前どっちがいい男だと思うか?」
「豪炎寺」
俺は即座に答える。
即答中の即答。早押しなら任せろって感じの即答だった。
「だろ?」
染岡は俺の答えに当然だって顔で肩を竦める。
…なんでだろ、確かに同意なんだけど染岡にそう言われると腹が立つっていうか……。
俺はどうしてだか居ても立ってもいられなくなってきた。
「で、でもさ!アイツだって結構優しいし!
俺が本当に嫌なことは絶対しないし、それに…ッ!!」
俺が大慌てのフォローに、染岡は分かってると言わんばかりの態度でそれを押し止めた。
「分かった、分かった!
な、だから言っただろ?
答え出てるって」
「え?」
染岡の中では答え出てるみたいだけど、俺にはさっぱり意味が分からない。
答え出てませんけど?
「だから、ソイツと豪炎寺比べる時点で答え出てんだよ。
そんな嫌なヤツなんざ普通なら豪炎寺と比べる以前の問題だろーが。
それなのにお前はすっげえ嫌な奴なのに嫌いになれねぇんだろ?
それってお前がソイツのことめちゃくちゃ好きってことじゃねぇか」
染岡はそう言うと俺の背中を思いっきり叩く。
言葉を反芻する隙も、背中の痛みが与えてくれない。
「お前な、悩むことねぇだろうが!
全部ソイツの誤解だ。
お前がソイツに告って、仲直りすればいいだけの話だろ?」
染岡に叩かれた背中がジンジン痛む。
なんか染岡の張り手で俺の中からモヤモヤが晴れたみたいだ。
染岡の話を聞いていると、あんなに悩んだのが嘘みたいに物事がすっきりする。
俺が鬼道を好きって認めるだけで、こんなに分かり易くなる。
俺はずっと鬼道のことがこんなにも好きだったんだ。
「でも……」
部室のシャワールームで最後に見た鬼道を思い出すと、どうしても心が竦む。
俺の心は整理出来ても、だからといって物事は何も変わってない。
俺の気持ちなんてどうせ無視されてしまうなら、あっても無くても一緒なのかもしれない。
俺の迷いを察した染岡はもう一回さっきと同じ場所に張り手を炸裂させた。
「いってーーッ!」
「おっ前なぁ!ソイツの事、今好きだって気づいたんだろ!?まだ伝えてないって事だろ!?
じゃあウジウジ考えないで伝えろよ!!
男だろッ!!」
まさに一喝というにふさわしい染岡の一撃は、俺の心にクリティカルヒットした。
もう目から鱗。
そうだ…!俺、鬼道に「好き」って言ってない。
鬼道は俺が豪炎寺を好きだと思い込んでるんだ。
誤解を解かなきゃ!
「染岡、お前ってすげぇな」
一気に俺の心の謎を解明し、めっちゃ的確なアドバイスまで与えた染岡を思わず尊敬の目で見るてしまう。
本当にすげーって思うのに、染岡は照れたように頬を掻いた。
「お前今更気づいたのかよ」
少し赤いその顔は今まで見た顔のどれよりも格好良く見えた。
染岡ってこんなに格好良かったんだ、知らなかった。
だからかな?つい俺は染岡に見惚れてしまった。
「俺、お前のこと好きになれば良かった」
「ばっかやろう、親友相手にそんなこと言うなよ。
気持ち悪ぃだろ」
つい呟いてしまった一言に、染岡は俺のことを親友と言って笑った。
ヤバい、すごい嬉しい!
「ほらまだ時間あるから今から行ってこいよ。
地球には善は急げって言葉があんだろ?」
そう言うと染岡は俺の背中をもう一度叩いた。
ジンジン背中が痛むのに、俺は嬉しくて堪らない。
「本当にありがとな!」
俺はそう言って、鬼道のところへ向かうため立ち上がる。
染岡はそんな俺に親指を立てて笑った。
第三章 END
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