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「染岡ぁ〜」
ひとしきり泣いて大分スッキリした俺は話を聞いてもらおうとして、抱きついたまま染岡を見上げた。
「とっ、とりあえず服を着ろ。
そんな格好だと半田に見えねぇ」
慌てふためく染岡に、自分の格好を見ると、上半身裸でズボンもはだけていてボクサーパンツが丸見えだった。
見ようによってはイヤラシく見えない事もない。
そう言えばなんか固いのが泣いてる間中、俺のお腹に当たってた。
しみじみと染岡を自分勝手な理由で襲った申し訳無さがこみ上げてくる。
「染岡〜、ごめんな〜。
もし我慢出来ないんだったら俺、口でならするから」
「止めろ、馬鹿っ」
染岡は真っ赤なまま、もう一度抱き付こうとした俺に服を押し付けてくる。
俺が服を着ると、途端にホッとした表情になる。
「やっと、いつもの半田に戻った」
照れたように頬を掻くと染岡は申し訳無さそうに俺を見た。
「さっきまではよ。
顔は半田なのに変な色気みたいなの漂ってるし、胸はあるし、
まるっきり別人で、こうムズムズするっつーか、なんか落ち着かなくてよ。
こっちの方が断然いいぜ」
染岡がそう言って笑ってくれたから、俺もホッとして普段と同じようにしゃべれた。
「それを言ったら俺だって、
さっきの染岡、目がギラギラしてて本当に怖かったんだからな」
ワザと怒ったようにそう言ってから、俺は笑いを引っ込めた。
「染岡、本当にごめんな」
酷いことをした俺のことを怒らないばかりか心配さえしてくれた。
俺は謝罪と感謝を込めて頭を下げた。
「もういいって。
…でも本当、しなくて良かったな。
危なかったぜ」
「…そうだな」
本当にしなくて良かった。
俺は自分の馬鹿な行動のせいで、もう少しでこんな大切な友達との仲を気まずくさせるとこだった。
「うっし。
んじゃ、お前の悩みでも聞くか!
誰なんだよ?忘れたいアイツって」
染岡がしんみりムードを吹き飛ばすように言ってくれたっていうのに、答え辛くて困ってしまう。
いきなりそれ訊く!?単刀直入すぎない!?
「えーっとぉ…名前は言えない」
片肘を付いて聞いていた染岡が俺の答えに見事にずっこける。
「はあ!?なんだそれ!
もしかして俺も知ってる奴だから言えないのか?」
俺は小さく頷く。
「あ〜、そっか。
じゃ名前はいいや。
で、お前はなんでソイツのこと忘れたいんだ?」
染岡が頭をガシりながら聞いてくる。
染岡が空気を読んで譲歩してくれた。
こんどこそちゃんと答えなきゃ。
俺は自分の心に真っ向から問いかけた。
なんで鬼道を忘れたいか。それは…。
「俺が何をしても二人の関係を元に戻せないから」
「え!お前付き合ってた奴いたんだ!?」
ちゃんと答えたっていうのに、染岡は速攻脱線する。
付き合ってた…。付き合ってた…?う〜ん…。
付き合ってはいないよな。
「付き合ってはいないけど……」
俺はなんて言っていいか分からず言葉を濁す。
確かに付き合ってはいない。
ただ毎日のように会って、してただけ。
そんな関係を言葉に当てはめようとすると、俺のボキャブラリーじゃ酷く下世話な言葉しか思いつかない。
出来れば、そんな言葉で言いたくはない。
「はっきりしねぇなぁ。
まさかストーカーでもしてたんじゃねぇだろうな」
言葉を選んで胡乱な様子の俺に、染岡が疑いの眼差しで見てくる。
「ち、違うって!
ただ…その…体だけ?みたいな…」
染岡の人聞きの悪い言葉を俺は慌てて否定する。
咄嗟だったから身も蓋もない言い方になっちゃった。
案の定染岡が瞬間的に真っ赤になる。
「かっ、体だけって…。
そういう関係ってことか?」
それでも絶句は一瞬で、なんとか持ち直すと言葉少なに俺に訊ねた。
俺はまた小さく頷く。
染岡も、顔を赤くしたまままた頭をガシる。
「相手、学校の先生じゃねぇだろうな?」
「違う、違う!同級生だよ」
「じゃあなんで駄目になっちまったんだよ?
お前は続けたかったんだろ?」
続けたい…。
無視されたくないって気持ちや、ちゃんとそこに二人の関係があったんだって認めてほしいって気持ちは、そういうHな関係を続けたいとイコールなのかな?
俺はちょっと曖昧ながらも、二人の関係を終わらせたくないって気持ちは続けたいって事だよな、と少し考えてから小さく頷いた。
「あのさ…」
「ん?なんだ」
俺の気持ちとは微妙にずれてしまった内容に、俺は修正すべく口を開く。
「俺とアイツは…その…」
「おう」
でも、そうそう自分の気持ちを文章化するなんて慣れてなくて言葉が上手い事出てこない。
辿々しい俺の言葉を染岡はゆっくりと待ってくれる。
短気なはずなのにって思うと、なんだか泣きたくなってくる。
俺はそんな染岡の優しさに負けて、ついポロッと一番の弱音が出てしまった。
「アイツが俺のこと、…もう要らないって」
その言葉を自分で言うのは辛かった。
一旦口にしてしまうと、堰を切ったようにあの時のことが蘇ってきて次から次へ言葉が溢れてくる。
「これ以上は虚しいって。
俺には好きな相手が他にいるから、そいつの所へ行けって。
俺、俺、違うって言ったのに聞いてくれなくて。
俺の事なんて丸っきり無視で、一人で決めつけて、勝手に終わりにして。
俺だけこんな風に引き摺って…。
もう嫌だよぉ…ッ!」
手の甲で拭っても拭っても、涙が溢れてくる。
染岡の前なら泣いてもいいって思ってるせいか、涙腺が壊れちゃったみたいだ。
染岡はいつまでも泣き止まない俺に、焦ったみたいで肩を掴んで揺すった。
乱暴だけど、染岡なりの慰めなのかもしれない。
「半田、落ち着けって!
全部ソイツの誤解なんだろ!?
なら誤解を解けばいい話じゃねぇか。
ソイツに好きだって伝えて、
他に好きな奴なんていないって言えば元通りだって!」
誤解…?俺が鬼道を好き……?
慰めと思った染岡の言葉は、到底素直に頷けるものではなかった。
「違うっ!好きなんかじゃない。
絶対、絶対ちがうッ!」
「はあ?
じゃあお前は好きでもない奴のことでこんなに悩んでんのかよ。
冗談だろ?」
びっくりした顔の染岡が、俺の心を混乱させる。
そう言われればそうなのかもと納得してしまう説得力が、染岡の言葉にはあった。
鬼道の事は突き詰めて考えるのはなんとなく怖くて、今までちゃんと考えた事もなかった。
豪炎寺以上に、鬼道のことはそんな風に考えちゃいけない気がした。
「俺…好きなのかな?
本当は、アイツのこと…」
俺が困ったように染岡を見ると、またも頭をガシる。
「俺が分かる訳ねぇだろ。
あー、じゃあもう一人の方はどうなんだ。
もしかして、そっちが好きってことはねぇのかよ?」
豪炎寺のこと…か。
「よく分かんないんだ。
どっちもさ、そういう風に見たこと無かったし」
鬼道に断言されても自分の恋心なんて実感湧かない。
この前、豪炎寺と2人っきりになった時もいまいちよく分かんなかった。
確かに他の誰とも違う安心感を豪炎寺には感じる。
でも安心感イコール恋なのか?そういうもの?
「じゃあよ、今よく考えてみろよ。
ソイツらってどんな奴なんだ?」
染岡がまた片肘を着いて聞く体勢になる。
「えっと、もう一人もやっぱ名前は言えないんだけど、優しくて、ちゃんとしてて、俺が迷ってる時に正しい方を教えてくれるんだ。
頼もしくて、格好良くて、一緒にいると安心できる人」
この自分でも分からない気持ちに答えを出したい。
染岡が相談にのってくれるなら、もしかしたら答えが出るかもと、俺は豪炎寺を思い出しながら、正直な気持ちを語りだした。
一人じゃ答えなんて絶対出そうにない。
本当、藁にも縋る思いだ。
あ、藁なんて思ってゴメン、染岡。
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