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次の日、朝練に行くと鬼道は呆気ない程全然いつも通りだった。
謝ってはくれなかったけど、普通に向こうから挨拶してきたし、普通に練習中もパスが来た。
俺は正直なところ拍子抜けしていた。
もっと無視されたり嫌味でも言われたりするのかと思っていたから、負けないように気合い入れてきたのに全然そんなこと無かった。
こんなことなら簡単に……。


簡単に?
俺は簡単に何をする気なんだろう?
俺は浮かれてる自分に気づき、愕然としてしまう。
俺は鬼道にムカついてて、兎に角文句が言いたくて、それしか考えてなかった。

もしかして鬼道と今まで通りの関係を続けたいのかな?
ちらっと思ったその考えは、悔しいけど多分外れていない気がした。


とりあえず練習後に話そうと思って、それとなく様子を窺う。
でも、鬼道の近くには絶えず誰かがいて、話掛ける隙がない。
朝練後は諦めて、放課後の練習後にゆっくり話そうと思っても、結局朝と同じ結果になってしまう。
次の日の朝練後も同じで。
俺は漸く鬼道に巧妙に避けられていることに気付いた。


…無視どころか、俺との事は無かった事にするつもりなんだ。


客観的に見て、今のサッカー部はいつもと全く同じで。
多分ずっと前から全く変わってなくて。
俺と鬼道はその間に色々あったはずなのに、鬼道がこうやって無視してるだけで本当に無かったことになってしまう気がした。


すごく痛かったことも。
泣きたいぐらい怖かったことも。
鬼道の優しく頭を撫でる手さえも。
今はどこにも無くて、誰もあったことさえ知らなくて、俺だけが覚えてる。


そう思ったら、校舎に向かう校庭の途中だっていうのに急に叫びたくなった。
違う!って叫んで、鬼道の名前を呼んで問い詰めたかった。
でも俺がいくら鬼道の名を叫んでも無視されるだけ、って気づいたらもう駄目だった。
俺は猛ダッシュでテニスコートのフェンスの影に隠れた。
鬼道の事なんか泣く程のことじゃないって思ってたのに、もう無理だ。
ボロボロと次から次に涙が溢れてくる。


俺が何をしたって無駄なんだ。
俺が二人の関係を続けたいって思っていても、俺の想いは無視されるんだ。
俺たちの関係は鬼道の考え次第でしかないって骨の髄まで思い知らされた。
所有物を捨てるも壊すも持ち主次第なんだって鬼道はきっと考えてる。
そして俺はもう必要ないんだ。
もう既にそう言われてるのに、これ以上みっともなく執着する事なんて出来ない。
それぐらいのプライドは俺にだってある。


俺はたっぷりと泣いた後、そう決心した。
もう鬼道の事なんて知らない。
元々アイツはただのチームメイト。それ以上でもそれ以下でもない。
そう心に決めて立ち上がった時、俺の制服の腕のところは隠せないほど濡れていた。




鬼道との関係が無くなってしまうと、忽ち俺は暇になってしまう。

今までの生活はサッカーと鬼道ばっかだったから、何をしていいか分からない。
毎日早く帰るから家での時間が伸びたし、特に辛いのは土日だった。
部活が終わって家に戻ってしまうと、暇過ぎてつい鬼道のことを考えてしまう。
それが嫌でどこかに行こうとしても、学校からの帰り道も、商店街も、河川敷も、
街の中にはどこも鬼道との思い出があって、どこへも行けない。


どこにいても、鬼道との思い出が追いかけてくる。


俺はいつしか鬼道との思い出の無い場所を探すようになっていた。
鬼道との思い出の無い場所は思いの外少なくて、その日俺は染岡の家に部活の後遊びに来ていた。


久しぶりに来た染岡の部屋は、ゲームのソフトが増えたぐらいであまり変わりなく、速攻で寛いでしまう。


「なあなあ、どれが面白い?」

「んじゃ、これでもやるか?」

そう言って染岡が出したのは、新作のサッカーのソフトだった。


「ぶっ、お前これ似すぎ〜」

俺は思わず噴き出した。
そのソフトは自分でキャラクターが作れる物で、染岡が自分の名前を付けたキャラクターはここまでそっくりに作れんの!?ってぐらい染岡に似ていた。


「実はお前もいる」

少しだけ得意げな染岡はコントローラーのスティックを軽快に回す。
染岡作成だろう、そのキャラクターは確かに俺に似てた。
似てたけど…。

「…なあこれもしかして、ノーマル状態から変えてなくね?」

「悪ぃかよ。
それが一番似てたんだからしょうがねぇだろ」

…やっぱり。
いいんだ、俺だって自分に似せる時は元からある顔に全然手を付けずに決定したこともあるし。
どうせ俺はモブ顔ですよーだ。
俺が口を尖らせていると、染岡は次々と自作のキャラクターを見せてくる。


「とりあえず部活の全員は作ってある」

染岡は顔に似合わず、こういうのが得意らしい。
見せてくれるキャラ全てが特徴を掴んでいて笑える。


「小物の種類が少ないからよ、ここからあんま似てねぇんだよ」

バンダナの無い円堂、帽子の無いマックスは確かに似てなかった。
というか二人とも何故か俺に似てた。
ほー、特徴無くすと人は皆、俺に似るのか。
って、なんだこの悲しい一人ツッコミ!


「特に鬼道は全然似ねぇ」

画面の鬼道はドレッドでも、ゴーグルでも、マントでもなく、似ても似つかない。
茶髪のロン毛のチャラそうなにーちゃんだった。
ププッ、なにコイツ、誰だよ。
こんなヤツ、うちの部には居ないってぇ〜。


「似てね〜」

その似てない鬼道は、鬼道だけど鬼道に見えなくて、俺はつい油断してしまう。


「目が分かればもう少し似るんだろうけどな」

染岡がそんなことを言うから、つい思い出してしまう。

俺を抱く時の、あの燃えるような瞳を――。


ここなら鬼道との思い出も追いかけて来ないと思ったのに。
思い出の無い場所でさえ無理なら、もう俺には行く場所さえない。
もう俺はどこにも行けない。


―――どこへ行っても追いかけてくるなら、いっそのこと消してしまおう。


「なあ、染岡。
ゲームよりもっと楽しいことしない?」

「あん?何すんだよ?」

―――他の思い出で。


「セックス」


 

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