5



体に温かいものを感じて目を覚ますと、目の前には鬼道がいて、俺を抱き締めたままシャワーで俺の体を洗い流してくれていた。


「鬼道ぉッ!」

それはいつもの鬼道で、俺はさっきまでの恐怖で鬼道に縋るように抱き付く。

「鬼道ッ!鬼道ッ!!」

一回じゃ足りなくて、俺は何回も鬼道の名前を呼んだ。
無視された分だけ、鬼道が俺の声に応えるように撫でてくれないと到底さっきの恐怖は消えそうになかった。
抱きついた鬼道はシャワーの下にいるからか裸で。
直接感じる体温とシャワーの音に紛れて微かに聞こえる心臓の音が、少しずつ俺を落ち着かせていく。

落ち着いてくると、
普段するときに全部脱ぐことの殆ど無い鬼道の裸は珍しく、そこに咄嗟とはいえ顔を埋めてしまった俺は何だか照れくさい。
だって俺、今、抱きついちゃったじゃん。これからHするって訳じゃないのに。
普通男同士で抱きしめ合ったりする?
ゴールが決まったとかは別にして、普通はしないよな。

でも鬼道は抱きついた俺を拒む事無く、ゆっくりと頭の後ろの方を撫でてくれてる。
…鬼道が嫌じゃなかったら、いいや別に多少変でも。
俺も嫌じゃないし。
俺は安心して裸の胸に頬を寄せる。


「鬼道ぉ」

鬼道の名前を呼ぶその声は我ながら甘ったるく、自分で呼んでおいて顔が上げられない。


「お前なぁ!さっきのすっげー痛かったんだかんな!
なんで止めてくれなかったんだよ?
俺、何度もお前のこと呼んだのに無視してさぁ!」

恥ずかしさを隠すように胸におでこを押し付け、わざと鬼道を責めるように俺は言った。
こうやっていつもみたいに軽く言えば、無かった事になるかもしれないって俺は少し期待していた。
鬼道に抱きついた俺も、抱きついたお陰で安心しちゃった俺も、さっきの甘えた声も。
……それから、さっきの怖かった鬼道も。


「…豪炎寺の名前もな」

そう呟く鬼道の声は氷のように冷たく、頬を寄せている胸と随分温度差があった。
しかも指摘されたのは豪炎寺の名前。
自分でもいくら錯乱してたからって同級生の豪炎寺に万能のヒーローみたいに助けを求めるなんて子供っぽかったなぁって思うのに、それを同じく同級生の鬼道に聞かれてたなんて恥ずかしくって普通に死ねる。


「しょーがないだろッ!そもそもお前が……」

俺が鬼道が止めないせいだと詰る為に顔を上げると、
そこには見たことない程冷たい顔をした鬼道がいて、俺の口を凍りつかせる。
さっきの鬼道は消えてなんかいなかった。
薄笑いさえ浮かべずに、俺の事を抱きしめていた。


「今日、宿舎で豪炎寺と何をしていた?」

「な、なんで宿舎に行ったこと…」

なんだこれ…、身体が竦む。
鬼道がなんで急にこんな質問するのか、なんで豹変してしまったのか。
俺はさっぱり分からなくて、思考回路まで竦んだみたいに正常に働かない。
俺の質問とはかけ離れたとんちんかんな答えを、鬼道は表情も変えずに一蹴した。


「お前が一度部室に戻ってきたのに気付かないとでも思ったか?
そんなことはどうでもいい。答えろ」

「べ、別に何も…」

鬼道は声を荒げてる訳じゃないのに、静かな迫力に満ちてる。
俺はすっかり気圧されちゃって、どもってしまった。
これじゃ俺が後ろ暗い事があるみたいじゃないか。何も悪い事してないのに。


「じゃあ、何故急に女であることを認める気になったんだ?
あんなに女の部分を否定していたお前が!?」


大きな声で怒鳴っている訳じゃないのに、その迫力に射竦められる。
鬼道に掴まれた肩が痛い。

「い、痛いってば」

俺が痛みで体を縮ませ肩を見ると、鬼道はさらに俺の肩を強く握り揺する。


「本当は豪炎寺の為に女になりたいんじゃないのか!?」

え?
思わぬ言葉に体も頭も固まる。
それって俺が豪炎寺のことを好きだからってこと…?


「そんなこと…ッ!」

顔に熱が一気に集まってくる。
豪炎寺のことをそういう風に考えたことも無かった。
だって普通は考えないだろ?チームメイトの男相手に「俺コイツに恋しちゃってる!?」なんて。
でも聞かれた途端、自分で自分の気持ちが分からなくなる。
だって豪炎寺は格好良くて、頼りがいがあって、優しくて。
俺が辛い時に傍にいて励ましてくれるのはいつだって豪炎寺だ。
嫌いなはずない。ううん、好き。たぶん凄く好き。
でもその好きって気持ちが恋かどうかなんて、突然訊かれたって判断出来ない。
今までずっと俺の好きは一種類しかなくて、急に「もっと種類があるはずだから細かく分類しなさい」って言われても混乱しちゃって無理だよ!
鬼道の視線が迷う気持ちに突き刺さって焦らせる。


「違うと言えるのか?」

鬼道の真っ直ぐな視線を避けるように顔を逸らす。
即答出来ない事が恥ずかしかった。


「そんなこと…。だって男同士だぞ」

「お前なら女にだってなれる」

何て答えていいか分からない俺の逃げ道を塞ぐように、鬼道は曖昧な答えを許さない。


「か、考えた事ない、そんな事!
豪炎寺には辛い時いつも助けてもらって、今日だって俺が無理してるんじゃないかって心配してくれて。
だから俺、女になりたいとかじゃなくて、ただ無理に無視すんのは止めようってそれだけで!
それにまだ全然どうしていいかも分かんなくて…!」


俺は戸惑いながらも、一生懸命今の正直な気持ちを伝えようとした。
鬼道には俺の思いをちゃんと理解してもらって、これから俺がどうしたらいいか二人で一緒に考えたい。
変な誤解されたくない。
俺の中の豪炎寺への気持ちに、情けないけど今ははっきりとした名前を付けることは出来ない。
けど豪炎寺の為に女になりたいと思ったことは一度も無いって断言できる。


「相変わらず嘘が下手だな、半田」

でも鬼道は俺が素直な気持ちを口にしたのに、ちゃんと取り合ってくれない。
嘲るように笑うと、俺から手を離す。

「嘘なんかじゃないって!」

俺が鬼道の手を掴もうとすると、触られるのも嫌とばかりに俺の手は叩き落された。


「ああ、そうか。嘘という自覚はないんだな。
お前は嘘は下手だが、自分を誤魔化すのは達者だから。
どう考えたってお前の言う『無理して無視してるもの』とやらは豪炎寺への恋心だ。
女の恋心だろう!」

「誤魔化してなんかない!!
なんで鬼道が俺の気持ちを決めるんだよ!勝手に決め付けんな!!」

叩かれた手を擦りながら、俺は必死に怒鳴り返した。
無視どころか、俺、今、鬼道に拒絶された。
理不尽に責められて拒絶された。


「もういい!
無視は止めてちゃんと向き合うって決めたなら、素直にそうすればいいじゃないか!俺を巻き込むのは止せ!!
俺はお前と豪炎寺の仲が上手くいく方法なんて、一緒に考えてやるつもりは一切ない!!」

「そんな事頼んでないッ!」

まさか鬼道がさっきの俺の言葉をそんな風に曲解してたなんて思ってもみなかった。
俺がこんなにも否定してるのに鬼道は俺の話なんかちっとも聞いてない。
それどころか鬼道は俺自身を拒絶するみたいに、俺から背を向けた。
畳んである自分の服を掴むと、俺から背を向けたまま着替え始めた。


「これ以上他の男を想うお前を抱いても虚しいだけだ。
俺だけのものにならないなら、もう要らない。
お前はもう、必要ない」

服を着た鬼道が、俺に振り向く。
振り向いた鬼道は、もう怒った顔も厳しい顔もしていなかった。


「お前はお前の好きな相手の所へ行け。
俺はもう、お前を縛り付けることはしない」


俺の顔を鬼道が両手で挟み込む。
確かに目が合ったって感じたのに、鬼道のゴーグルに阻まれて何も伝わらない。
俺は必死にゴーグルの奥の瞳を探していたのに、鬼道はすぐ俺に背を向けてしまう。
見つけられないまま、もう、俺を振り返ることは無かった。


俺は呆然と遠ざかる鬼道の背中を見つめていた。
シャワールームのドアが閉まり、鬼道の姿が見えなくなって、やっと気付く。

もうこれで俺達の関係は終わりなんだって。


「なんだよ、それ!
勝手に決めるなよ!
独りで勝手に納得してんじゃねーよ!
少しは俺の話を聞けよ!
最後まで俺の気持ち、無視すんなぁぁ!!」

俺は、もういない鬼道に向かって叫び続けた。


最初から最後まで、俺の言葉は鬼道には通じない。
一方的に鬼道の方から始まった関係は、終わる時まで自分勝手で一方的だった。


ああ、なんだ。
俺は「モノ」だから鬼道の気持ち次第で簡単に捨てられちゃうんだ。
「モノ」だから俺の気持ちは無視されちゃうんだ。
さっきまで否定しようって頑張ってた考えが、ストンって俺の心に収まってしまう。


泣きたいぐらいの鬼道への怒りが俺の心を占める。
悔しくて悔しくて、しょうがない。
悔しくて、怒ってて、それなのになんで泣きたくなるのか。
その時の俺は自分の中の怒りの感情以外を見つめたくなくて、悔しい時でも涙って出るもんなと自分を無理やり納得させていた。


 

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