4*
街中の街頭に明かりが灯っても、まだ自分の中の女の部分どう折り合いをつけていいか答えは出なかった。
足を止めれば、そこら辺から夕飯を作ってる匂いがしてる。もうすっかり夜になっていた。
俺のアイデンティティーに関わる問題にそう簡単に答えなんか出るはずもなく、俺は仕方なく部室に戻ることにした。
もし円堂あたりが俺が戻らないせいで部室に残ってたりしたら申し訳ない。
俺が学校に戻ると、遠くに見えるボロっちい部室は明かりが消えていた。
誰かに迷惑掛けずに済んだかと、ホッとしながら部室の明かりをつけると誰もいないと思っていた部室には鬼道がいた。
「な、なんだよ。明かりもつけないで」
吃驚した俺は、さっき喧嘩をしたことも忘れてしまった。
「…お前を待っていた」
でも鬼道の答えは喧嘩を引き摺ってるような暗い声だった。
「悪いけど、今日はそんな気分じゃないんだよ。
また今度な」
俺はずっと走り通しで汗だくの体を早く洗いたくて、鬼道のほうを碌に見ずに手を振る。
どうも「女」について考えようとすると鬼道の事が頭から離れなくて苛々させられた。
俺が女だろうと男だろうと鬼道との事は関係ないって思ってるはずなのに、どうしてもはっきりしないモヤモヤが胸の中にある。
こんな状態で鬼道の相手なんかしたら、もっと混乱してしまう。
俺は鬼道を無視してまっすぐにシャワールームに向かい、湿ったユニフォームを脱ぎだす。
熱いシャワーを目を瞑り頭から浴びていると、シャワールームの扉が開く音がした。
「今日はしないって言ってるだろ」
俺はシャワーを浴びたまま後ろも見ずに言い捨てた。
丸っきり無視してボディソープのボトルを手だけで探していると、シャワーがキュッと止められてしまう。
「しつこいぞ、鬼道!」
あまりの執拗さに、俺が振り向いて怒鳴りつけた途端、びっくりするぐらい強く抱きしめられた。
俺の体はびしょ濡れで、鬼道はジャージを着たままだというのに、そんなこと全然気にしていないように強く、強く。
「鬼道…?」
様子のおかしい鬼道に、俺は困惑してしまう。
男なのに胸が大っきくなったって認定されちゃった俺よりも、鬼道の方が落ち込んで暗くなってるって相当だ。
もしかして俺が居ない間に部活で何かあったのかな?怪我でもしたとか。
俺は話も聞かないで無視しちゃった事を少し悔やんだ。
だって「しない」って言ってる俺を無視して無言で勝手に始めちゃうなんて鬼道らしくない。
絶対おかしい!
「どう、したんだよ…?」
俺は激しい愛撫に声が勝手に弾んでいく。
切れ切れの声で、それでも鬼道の背に手を回し訊ねた。
もう身体は鬼道を拒んではいなかったし、少しでも暗くなってる鬼道の慰めになればってちょびっとだけ思ってた。
本当、ちょびっとだけ。
「なんか、あった…?」
首筋に鬼道の唇を感じながら、胸を弄られる。
胸とかもさ、本当は弄られたらまた大きくなっちゃうかもしんないから嫌なんだけど、今日だけは仕方ない。
鬼道が元気になれるなら、今日だけは特別に触らしたげてもいっかって思えた。
「ね、なんか…、あったなら、…ンッ、俺に言え…って。
俺に、気兼ねしてん、なら…、もぉッ、イィ…、からッ、…な?」
熱に浮かされ喘ぎながら途切れ途切れにそう言うと、鬼道は忽ち俺から体を離す。
体一つ分二人の間に距離が出来る。
やっぱ今日の鬼道はなんかおかしい。
俺は鬼道の肩に手を置いたまま、急に止めてしまった鬼道を窺う。
「鬼道?」
「何故だ?」
俺が名前を呼ぶと、俯いたまま鬼道が急に話出す。
「何故、急に平気になった!?
胸が大きくなった責任を俺に押し付けて怒ったのはお前じゃないか!」
……あれ?
俺を責めるような鬼道の口調に、俺はついつい自然に口元が緩んでしまう。
だってもしかして鬼道が落ち込んでるのって、俺と喧嘩したから?
えー?なになにー、鬼道ってば可愛いとこあるじゃん!
もしかして仲直りのエッチのつもりだったとか?
そんで予想外に俺が平気そうなんで拗ねてるとか?
ププッ、なーんだ!さっきは自分の非を認めなかったけど、本当は結構俺の胸が大きくなった責任感じてんじゃん。
よしよし、こんなに反省して落ち込んでるなら許してあげよう!
優しい俺は、激しく落ち込んでる鬼道の肩をポンポンって叩いた。
「胸の事ならもういいってば!
そりゃ、これ以上大っきくなるのは嫌だけど、なっちゃったものは仕方ないんだし。
それよりさ!俺、豪炎寺に言われて、これからは女の部分を無視すんの止めたから。
ちゃーんと女の部分とも向き合う!
だからさ、お前も一緒に考えてよ?これから俺がどうしたらいいか!」
俺は正直言うとそれは仲直りのつもりで言った言葉だった。
でも鬼道は俺の言葉を聞いた途端、俺をシャワールームの壁に押し付けた。
思ってもいなかった反応に、俺は無防備におでこと肘を壁にぶつけてしまう。
「痛っ!」
反射的にあげた俺の声も鬼道は無視して、更に壁に押し付けるようにして俺の動きを封じてくる。
痛みよりも怒りよりも「なんで?」っていう戸惑いの方が大きい。
なんで今日はこんなに無理強いすんだよ。
鬼道の乱暴な行為は随分と久しぶりで、どうしても無理やり犯されていた頃の事が頭をよぎる。
壁に押し付けられ、鬼道の姿が見えないのが余計恐怖を煽って昔を思い出させる。
「鬼道…?」
俺が名前を呼んでも返事さえしてくれない。
「なあ、俺、もう怒ってないって言ってるじゃん。
この体勢、頭に壁が当たって痛いからヤだよ。
今日は俺、上になるからさ!な?放してよ」
俺はどうしても心にチラつく恐怖が鬼道に伝わらないように一生懸命なんでもない口調で言った。
俺が怯えてるなんて鬼道にバレたくないし、それになんだかもっと事態が悪化するような気がした。
でも俺が何を言っても、鬼道は口を開かない。
代わりに急にお尻にトロッとした冷たい物を掛けられた。
そして合図もなしにいきなり其処へ指を突き立てられる。
無遠慮な指使いと、そのボディソープらしき液体が中で沁みて痛くてしょうがない。
「鬼道、やだってば!止ろって!!」
鬼道が何を思ってこんな事をするのか、俺にはさっぱり分からない。
今日の鬼道はいつもと全然違くて、忘れていた昔の鬼道を思い出させる。
何をしようとしてるのか予想も出来ない、昔の鬼道。
鬼道を相手してるはずなのに怖くて目尻に涙が浮かぶ。
なんか…、なんかこんなの嫌だ!
訳わかんない鬼道も、それにビビッちゃってる俺も。
俺が全部嫌になっちゃって遂に逃げようとすると、鬼道は俺の髪を掴んで耳に顔を寄せた。
「今日は男のお前を犯してやる」
「犯す」という鬼道らしくない言葉遣いと声にゾクッと背筋が凍る。
しかもその言葉と共に入ってきたのはいつもとは違う方の穴だった。
「ああぁぁーッ!」
痛い!痛い!痛い!!
自分の体が裂けたような衝撃が走る。
入るべき所じゃない所に無理矢理入れられたソレは、痛みでのたうち回る俺を嘲笑うように激しく動く。
「痛いッ!鬼道ッ!
無理だって、鬼道ッ!鬼道ってば、鬼道ッ!鬼道おぉぉッ!!」
なんで?なんで?なんで?
俺は豹変してしまった鬼道に何回も嫌だって訴えた。
無理矢理は好きじゃないって鬼道だって言ってたじゃん。
ここまで無理矢理なんて最初の一回だけで、それからは一度も無かった。
俺が泣いて嫌がったら最後には止めてくれた。
それなのに今はどれだけ泣き叫んでも止めてくれない。
・・・やっぱり本当はまだ俺の事「珍しいモノ」って思ってる?
「〜〜〜〜〜ッ!」
忘れたはずだったその言葉まで、昔の鬼道と一緒に俺の心に甦ってくる。
本当はこんな風に自分の事を思いたくないし、鬼道の事を疑いたくなんかないのに。
痛みが身体だけじゃなく心までどんどん弱らせてる。
さっきまで「止めろ」って言えたのに、今はなんか躊躇しちゃってる。
俺の事を「珍しいモノ」って思ってる鬼道は、いざって時に俺なんか助けてくれないんじゃないかって思うと声が詰まる。
だってほら、現に今、鬼道は助けてくれない。
初めて犯された後姦は、いつまで経っても痛みに慣れない。
膣と違って濡れたりしないから、むしろどんどん潤いがなくなって痛みが増していく。
だんだんと激しくなる痛みに、俺の意識は少しずつ朦朧としていく。
なんで鬼道はこんな酷い事をするんだろう…?
なんで何も言ってくれないんだろう…?
もしかしたら本当は鬼道じゃないのかも。
じゃあなんで鬼道は助けに来てくれないの…?
なんで鬼道に助けてって言えないの…?
ああ、酷い事をしてるのが鬼道本人だからだ。
朦朧とする意識の中で、俺の思考はぐるぐると袋小路で陥っていく。
救いのない状況に、俺は子供みたいに泣き出した。
「もお、こんなのヤだよぉ……ッ!
助けて、豪炎寺ぃぃぃーー……」
俺が意識を手放す瞬間、最後に呼んだのは豪炎寺の名前だった。
こんな酷い状況でも豪炎寺ならどうにかしてくれるって、俺は子供みたいに信じてた。
豪炎寺なら、鬼道を変えてくれるって信じた。
俺じゃ無理だけど、豪炎寺なら、って…。
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