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それはいつもより暑い日で。
たったそれだけのことが俺達の関係に終止符を打った。


「おい、半田ぁ!
貸してた数学の教科書、早く返せって。
明日うちのクラス数学あんだからよぉ」

部活が始まる前の部室で、ユニフォームに着替えている途中で染岡が気だるげに話し掛けてきた。
俺はハッとして今日の午前中に借りたまま、鞄に入れっぱなしの教科書を思い出す。


「悪ぃ、すっかり忘れてた。
今持ってるから返すよ」

俺は制服を丁度脱いだところで、上半身裸のまま鞄の中を漁る。
いつもより暑いから裸のままでいても別に寒くはなかった。


「ほらこれ、サンキューな」

取り出した教科書をそのまま染岡に手渡す。
それは俺にとって普通の行動。
今まで着替え途中で裸のままふらふら部室を歩くことだって 、真夏なんて脱いだまま皆で涼むことだって当たり前にしてたことだった。
この日だって、教科書を染岡が受け取って終わるはずだった。
…俺の中では。


染岡は俺が教科書を差し出すと、戸惑うように一瞬躊躇した。

え?

予想外の反応に俺も教科書を差し出したまま固まる。
なんで染岡が躊躇するのか分からない。
染岡は慌てて視線を逸らすと顔を赤くして、俺から教科書を受け取った。

なんだよこれ…。

染岡と俺の間に気まずい雰囲気が流れる。


「半田、ちょっと手伝ってくれ」

その気まずい雰囲気を破ったのは鬼道の声だった。

「…ああ、分かった」

声の方を見ると厳しい顔をした鬼道がいた。
俺は急いでユニフォームを着ると、鬼道を追って部室を後にした。


部室を出た途端、鬼道に腕を掴まれる。
鬼道は俺の腕を掴んだまま、部室から少し離れた木の影まで連れて行く。


「痛いって!なんなんだよ、まったく」

俺は鬼道の手を振り解いて、睨みつける。
染岡と理由も分からず気まずくて、ちょっとだけ苛立っていた。


「もう、皆の前で着替えるな」

鬼道は厳しい顔のまま俺を見て言う。

「はあ?なんだよ急に」

「急ではない。
前から言おうとは思っていたことだ。
むしろ遅かったぐらいだ」

藪から棒な言葉に目を丸くする俺に畳み掛けるように鬼道が言う。


「お前、胸が大きくなってるんだ。
壁山ぐらいにはな」

鬼道の言葉は耳じゃなくて直接心臓に突き刺さったみたいだ。

「うそ、だ…」

心臓がドンッて大きく撃たれたみたいに脈打ってる。
ショックで頭が上手く働かない。
むね…って、胸?
え?だって鬼道だって前から「壁山の方がよっぽど大きい」とか「胸が抉れてる」とか散々俺の胸が小さいって馬鹿にしてたはずなのに。
それでいっつも「男なんだから当たり前か」って言ってたはずじゃん。
え?それなのに俺、胸?え?


「お前な、鏡ぐらい見ろ。
染岡は違和感に気づいたみたいだった。
このまま男でいたいなら、皆の前で裸になるな」

その言葉に弾かれたように口が動き出す。


「どうすんだよ、それ!?
部活の着替えは?
それに三年になったら修学旅行もあるし、夏になったらプールの授業だってあるんだぞ?
裸にならないなんて無理だ!」

俺は認めたくなくて、叫ぶように言う。

「部室で着替えるなとは言わん。
ただ、皆に裸を見せないように着替えろ。
修学旅行は部屋の風呂に一人で入ればいいだけの話だ。
学校のプールは諦めろ。
プールなら俺が好きな所へ連れていってやる。
…だからお前の裸が他の男の目に触れるようなことはもうするな、な?」

鬼道はもう一度俺の腕を掴み、真っ直ぐに俺を見る。
一つ一つ説得する様子は真剣で、どことなく懇願にさえ見えた。
それだけ事態は深刻なんだな、って身に詰まされる。


「…お前のせいだからな。
お前が 胸ばっか揉むから大きくなっちゃったんだろ!?
責任取れよな!」

俺は思いっきり鬼道を睨みつける。
大きくなっちゃった胸ってどうすりゃいいんだよ。
小さくする方法があるとは思えず、行き場のない怒りが鬼道に向かう。


「…声を抑えろ!
それに自分の発育が遅かっただけなのに俺のせいにするな」

冷静に俺を諫める鬼道にも、その言葉の内容にも腹が立つ。


「発育が遅いってなんだよそれ!?
その発育の遅い胸を毎日のように揉んでるのはどこのどいつだよ!?」

「そのお陰で発育不良が治ったんだから感謝されこそすれ、恨まれる筋合いは無いな」

「ほら、ほらぁ!
やっぱり鬼道だって自分のせいで大きくなったって思ってるんじゃん!
謝れよな」

「俺は発育の促進をしただけだ。
遅かれ早かれ、生じうる問題だったはずだ」

う〜〜……!
なんで俺は口喧嘩で鬼道に勝てないんだろう。
今日ぐらい勝てたっていいじゃん。
どう考えたって鬼道のせいだっていうのに、認めない鬼道がムカつく。
声を抑えることも忘れて鬼道を責めていると、いきなり遠くから声を掛けられた。


「おーい、お前ら何やってんだー?
早く部活行こうぜー」

はっとして二人で声の方を見る。
少し離れた通路に、遅れて部活に来た制服姿の円堂が手を振っていた。


「…円堂」

円堂に鬼道の注意が逸れた隙に、掴まれていた鬼道の手を振り切り走り出す。
円堂の脇を走り過ぎるとき、俺は円堂に訊ねた。


「豪炎寺は?」

「まだ教室に」

円堂の答えを全部聞かずに走り抜ける。


嘘吐きで素直じゃない鬼道の言葉なんて信用出来ない。
本当に俺の胸が大きくなったか。
……女に見えるかどうか。
豪炎寺なら本当のことを教えてくれる。

俺は真っ直ぐに豪炎寺のクラスへと走り出した。


 

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