7



次の日、朝錬に行くといきなり円堂から
「昨日は大丈夫だったか?」
と聞かれて、思わず昨日のことを思い出してしまった。
ヤバ、絶対顔が赤くなってる。


「な、何が?」

俺はすっ呆けて聞き返す。
狼狽してんのバレバレだけど、円堂なら誤魔化されてくれるかもしんないし。


「鬼道から聞いたぞ」

でも返ってきた円堂の答えにさらに俺は驚いてしまった。

「き、鬼道から!?」

あちゃー、予想外の答えに動揺して声が裏返っちゃった。
でも円堂は裏返った声には何も反応せず続けた。


「ああ、貧血で倒れたんだってな」

「…え?」


俺はいつの間にか貧血で倒れたことになっていた。
俺の預かり知らないところで部活を休んだ理由が決定していたらしい。
鬼道もせめてメールぐらいすればいいのに、全然教えてくれないから話を合わせるのが一苦労だ。
本当はヤリ過ぎて足腰立たなくなっただけなのに、部活の連中全員が俺に会う度、それぞれ俺の心配をしてくる。
その度に皆を騙している罪悪感が募ってくる。
あんな事で嘘吐いて、部活まで休んでなにやってんだろ。俺。
もう、自己嫌悪で皆と目を合わせることさえできない。


特に豪炎寺とは、どんな顔して会えばいいか分からなかった。
昨日ドア一枚隔てただけのすごい近い場所で、俺は鬼道に溺れていた。
そんな自分が恥ずかしくて会わせる顔がない。
俺は豪炎寺に会うのを避ける為、その日の朝錬はロードワークばかりしていた。


わざと遅めにロードワークから戻ってくると、部室にはもうほとんど人は残ってなかった。
豪炎寺の姿もなく、俺は胸を撫で下ろす。


俺が罪悪感と自己嫌悪で朝から暗くなっているというのに、鬼道は昨日の今日だというのに朝から声をかけてくる。
まだ周囲には何人か人も残ってるってのに…。
俺が露骨に顔を顰めると、鬼道は苦笑いを浮かべた。


「鍵を渡すだけだ、馬鹿」

そう言うと俺のおでこをコツンと叩く。
あ、そう言えばそうだった。
昨日は合鍵を貰う為に鬼道についていったのに、その目的をすっかり忘れるなんて間抜けすぎる。
これじゃ本当にただエッチする為についていったみたいじゃないか。
自分が情けなくって泣きそうになる。


「…大丈夫か?」

部室に誰も居なくなったのを見計らうと、鬼道が少し口篭ってから俺に訊ねてくる。
一瞬、自己嫌悪に陥ってる事かと思って首を傾げる。
自己嫌悪の最大の原因は鬼道だし。
なに言っちゃってんの?コイツって感じだもん。
でもすぐ昨日俺がよろよろしながら大人しく車に乗り込んだのを、いつまでも鬼道は厳しい顔で見てたなぁって思い出した。
しおらしい態度に、ほんの少し胸がすく気がした。


「まだひりひり痛いっつーの、この変態。
ヤリすぎなんだよ!もう俺に触るなよ!!」

実はもう全然平気なんだけど、いつも酷い事されてるんだ、少しぐらい話盛ったって丁度いいぐらいだろ。
俺はここぞとばかりにわざと大袈裟に言い返した。


「そうか」

鬼道は俺の返事に重々しく頷くと、ロッカーから何かを取り出し俺に投げて寄越した。
慌てて受け止めて手の中を見ると、投げられたのは小さなボトルに入った軟膏だった。


「塗っておけ」

「え?」

小さな声で言う鬼道に思わず聞き返す。
でも、それには応えず鬼道は部室の時計をチラリと見上げる。


「脱げ」

……今度ははっきり聞こえたぞ。


「はあ!?」

俺が言い返すと、鬼道は眉を寄せなんだか嫌そうな顔をした。


「今、俺が塗ってやる。見せてみろ」

「や、やだよ!」

俺はジャージのズボンを抑えて、俺に手を差し伸べてる鬼道から後ずさる。
つーか、嫌々人の服を脱がそうとするってなんなの!?
めっちゃ、訳分かんないぞ!


でも鬼道は抵抗すると燃えるタイプみたいで、ムキになって俺のジャージを脱がそうとする。
まあ、俺が鬼道から逃げれるはずもなく。
すったもんだの末についにペロンと俺のお尻が出てしまう。


「ほらじっとしてろ」

最終的に羽交い絞めにされ床にうつ伏せにされた俺に、手間を掛けさせるなと鬼道が溜息を吐く。
どうも俺の身体を気遣ってる人の態度には思えないんですけど?
でも俺が観念して大人しくなると、びっくりするくらい鬼道はそっと俺に触れた。
たっぷりと付けられた軟膏が、優しい手付きでゆっくりと中に塗り込められる。
薬を塗ってるだけだと言うのに、なんだか堪らない気分になってきて俺は慌てて鬼道に声をかける。


「なあ、早くしろよ!何やってんだよ?」

「…素直になるおまじないだ」

…おまじない?
返ってきた言葉は予想外で、その小さな声と相俟って、俺は何かの聞き間違いだと思った。

「…変な鬼道」




その日の一・二限目はぶっとおしで三クラス合同の変な道徳映像の上映会だった。
偶々同じ授業だった俺たちは、少し遅れて暗い視聴覚室の空いている席に並んで座る。


隣の鬼道は、映像を見る気は一切ないらしい。
視聴覚室の椅子が横に長く繋がってるタイプなのをいい事に、鬼道は俺の太ももに手を置いた。
隅っこだからって調子に乗りすぎ。
しかも反対の手はなんかケータイを弄ってるなぁと思ったら、ニュースや株価をチェックしていた。
どこのセクハラサラリーマンだ。
俺はついつい怒るよりも先に笑ってしまった。


「親父くさっ」

俺が机に頬杖を付きながら言うと、ギロリと視線を上げただけで何も言わない。
ただ俺の太ももに置いていた手を、少しだけ内側に移動させた。


その映像は思った以上につまんなかった。
いつの時代の話だよって感じの古臭ーい映像が延々と続いてる。
少しずつ周りから人が減り、寝息が聞こえてくる。
俺は暗いのを良いことに、隣の鬼道を頬杖付いて眺めた。


俺、コイツといつもエッチしてるんだよな…。

改めて鬼道を見ると、どこからどう見ても男で、ドレッドにゴーグルの変な格好をした奴だった。
制服の詰襟を上まできっちりと閉めた鬼道は、髪の毛一本に至るまで乱れたところ一つない。
あんなエロいことするようには全然見えない。
いつでも冷静で、物事に対して冷徹で、俺に対して冷酷な男。
それなのに、昨日は……。


昨日見た燃えるような瞳。
まっすぐ俺を見てた…。
俺はゴーグルの奥の瞳を思い出し、途端に落ち着かなくなってくる。
太ももに置かれたままの手がやけに気になる。


「どうした?」

落ち着かなくてモジモジと足を揺らし始めた俺に、鬼道が声をかける。

「な、なんでもない」

平気を装って答えたけど、絶対顔が赤くなってる。
部屋が暗いから鬼道はそれに気づかなかったみたいだ。
すぐ興味が俺からケータイに戻る。


薄暗い部屋でそのケータイの明かりはやけに目立つ。
そして、そのケータイを弄る鬼道の指も。
鬼道の指には昨日俺がつけた傷跡がはっきりと残っている。
……俺が噛んだ歯型。
その傷跡が、俺に鬼道の指を噛ませた瞬間を思い出させる。
そして鬼道の、俺に触れる指使いさえも。


「きどぉ」

俺が呼んでも、今度はケータイから目も離さない。

「ん?」

隣から口先だけの返事が返ってくる。

「なんでもない…」


さっきから体が熱くて堪らない。
十何年も存在さえ忘れていた場所がやけに今は存在感がある。
自分には確かに体に空洞があって、そこが今すごい熱を放っている。
その熱を抑えるためにはその空洞を埋めなければならないって、本能で知っている。
そしてそこを埋めるものは、鬼道が持っているってことも。
その空洞は鬼道によって開けられ、
今また鬼道によって埋めてもらいたがっていた。


 

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