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「ふー…っ、分からないものだな……」

二人してグラウンドから少し離れたところにあるベンチに腰掛けた途端、鬼道が長い溜息を吐いた。
涙に濡れたままの顔を向けると、鬼道は苦々しい顔で俺の太腿に片手を置いた。


「お前がそんな風に考えているとは思わなかった。
お前との記事が表沙汰にならなかったのは、俺が止めていたからだ。
お前の存在は俺がお前を伴ってイタリアへ行くと決めた時点で既に噂になっていた」

「はぁ!?」

半分泣いてるような状態だった俺は、鬼道の言葉に鼻水がズビーッって飛び出してしまった。
うう、格好悪い。こういうところがどう足掻いても一般人の宿命なんだよな。
シリアスシーンでも、どうしても格好悪いっていう。
鼻水をズバーンと垂らした俺を見て、鬼道はブッと噴き出した。
うわー、俺の鼻水のせいで鬼道まで一気にシリアスから遠ざかちゃったじゃんか。
鬼道のセレブオーラも敵わないなんて恐ろしいぜ、俺の生粋の一般人スキル。
鬼道は一頻り笑った後スーツのポケットからティッシュを取り出し、子供にするみたいに俺の鼻水を拭いてからおもむろに口を開いた。


「慣れない海外生活に奮闘しているお前を、些細な事で煩わせたくないという配慮だった」

「マジで!?」

もしそれが本当なら俺が今まで悩んでキレて家出までしてきたのは、ぜーんぶ無駄だったって事になる。
俺がビックリして鬼道に聞き返すと、鬼道はニヤリと笑って俺にさっき俺の鼻をかんだティッシュを押し付けてきた。
うう、なんなんだよぉー。こんなのどうでもいいからさっさと先を言えーー!!


「というのは建前だ」

「はああーー!?」

俺は思わず使用済みティッシュを握りしめる。
うえぇ、今、ぶにゅってしたぁ。
もおおー、本当になんなんだよ、俺の事からかってんのかよーーー!!
俺が目くじら立てて半分立ち上がりかけて鬼道を見ると、鬼道はコツンコツンと組んだ両手で額を小さく叩いてた。
・・・アレ?
なんか鬼道、照れてない?手でよく見えないけど少し頬が赤いような……。


「本当は外野に煩わされること無く、純粋にお前との生活を楽しみたいという俺のわがままだった。
悪かったな」

そう言うと鬼道はチラッと俺の方を見た。
その頬はやっぱり少し赤くて……。
って、ええーーー!ナニコレ!!
ちょっ、なんなのコレ!?嘘だろ、鬼道がこんな事言うとかさーーー!!
普段だったら有り得ない事態に、俺まで顔が赤くなってきた。


「しかも二人だけの生活が思いのほか心地よくて、つい結婚を急いでしまった。
そのせいで色々とお前を不安にさせたようだ。
……辛い思いをさせてすまなかった」

ぎゃー、あの鬼道が俺に頭下げてるーーー!!
とういか何なの!?なんか鬼道の台詞全部が俺に滅茶苦茶惚れてるみたいに聞こえるんですけど!
ちゃんと意味合ってる!?もしかして俺には気づけないような隠喩とかで、本当は俺への皮肉でしたってオチとかない!?
あうあうあう、こんなのストレート過ぎて鬼道らしくないよぉ。
どうしていいか分かんないぐらいめっちゃ照れるんですけど!!


「ちょッ!ちょっと、ちょーっと待て!!」

俺は頭を下げたままの鬼道に待ったを掛ける。
だってもう俺の頭は異常事態に爆発寸前。
照れるわ、意味分かんないわ、そんでもって頭を少しでも整理しようと思うとまた照れるわの繰り返しで、そんなん普通に爆発するっつーの。


「あのさッ、お前、本物の鬼道?
イタリアで人造手術でも受けてきた?」

イタリア人の女好きで情熱的な遺伝子でも移植されてきたとかなら、こんな異常な鬼道も納得がいく。
そう思って訊いたのに、鬼道は苦笑の表情で首を振った。
じゃあ……。


「もしかして本当に浮気してた、とか……?
あー!もし罪悪感で俺に優しくしてんなら、俺はそんなんに騙される程簡単なヤツじゃないからな!!」

あっぶなー、危うく騙されるとこだった!
あのままじゃ俺、混乱して照れまくったまま鬼道と一緒に帰るとこだった。
流石鬼道、俺を謀ろうとは根っからの策士だな!

って、そこまで考えて一人で納得してたら鬼道から冷静なツッコミが入った。


「そんな訳ないだろう」

え、そう?
じゃあ……。
俺は鬼道がオカシイ理由を他に考えようとしているのに、鬼道の声が俺の思考を遮った。


「まったく……。
人が珍しく素直に気持ちを伝えてみれば、人を異常扱いするとは…。
まったくお前には参る」

「だってー」

鬼道の呆れた声に思わず口が尖る。


「だってこんな風に言われ慣れてないから照れんだもん。
……ね、さっき言ったのマジ?」

俺は照れて、というか少し拗ねて鬼道に訊いた。
だってさ、本当に素直な鬼道なんて慣れてないから死ぬほど照れたんだもん。
少しぐらい混乱して変な事言ったっていいじゃんか、ねえ?


「馬鹿、当たり前に決まってる。
そんな嘘を吐いてどうする」

俺の問いに、鬼道が呆れた声で答えてくる。
普段だったら「また馬鹿にしたー!」って怒るところなんだけど、今はいつもの鬼道らしい返事にちょっと安心してしまう。
俺はホッとしてベンチに座りなおすと、鬼道は俺の手に自分の手を重ねた。
えーっと?そっちの手、使用済みのティッシュが入ってる方ですけど……。


「飾らないお前を見たら、やっぱりお前しか居ないと思った。
お前と結婚出来るかどうかの瀬戸際だからな。
素直な気持ちを伝えないと後悔すると思ったんだ」


俺は鬼道の言葉に目を瞠る。
だってさ!
だってそれって俺の鼻水が結婚の決め手になったって事!?
もしかして握った手も、こっちにティッシュが入ってるって承知済み!?
うっそぉーん。


そう思うのに、鬼道の頬はやっぱり少し赤くて。
俺は手の中のティッシュを所在無さげに握りながらも、じんわりと熱が伝わってくのを感じていた。


 


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