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「俺は『半田真一』だッ!!」

俺は鬼道の言葉につい振り返ってしまった。
振り向いて事故みたいに直面してしまったのは、さっき想像してたのと寸分変わらない表情をした鬼道。
平静を装おうとして、それでも装いきれていない傷ついた顔。
もしかしたら本人は装いきれてるつもりなのかも。
本当は人一倍繊細な癖してそれを隠そうとしてる鬼道らしい顔をしていた。


あんな写真撮られたのは鬼道の方なのに、俺よりも傷ついた顔するとかって…。

・・・本当、反則だよ。

想像だけでも胸がきゅって締め付けられたのに、実物見ちゃうと俺の方が悪い事をしてる気になってくる。


「そうだな……。
そうしているとちゃんと男に見える。不思議なものだな」

普段みたいに意地悪な口調をしてるくせに歪んだ口元をしてる鬼道から、俺はぷいっと視線を逸らす。
……ふんだ、ふーんだ!
そんな顔したってもう戻らないって決めたんだからな。
もう鬼道なんか知らないんだから!


「そうだよ!就職する時だって、俺の事を女って疑うとこなんか一個も無かったんだから。
もう男として就職しちゃったし、ちゃんと『半田真一』として日本で生活してんだからな!!」

「そうか……」


思案に耽っているような鬼道の低い声。
俺は許してしまいそうな気持ちに蓋をして、俯きがちになっている鬼道にビシッと言い切る。
だって俺だって辛かったもん。
もうヤダって、あの記事を見たときに心の底から思ったもん。
鬼道の元には二度と戻らないって決めて、髪も切ったし、ワードローブに馴染まない男物のリクルートスーツも買った。
毎日、毎日この一着しかないスーツで我慢してるのは、もう手持ちの服は着ないって決心したからだ。
鬼道の隣に不自然じゃないように並ぶ為の服なんて全部必要無い。


「俺はもう無理して女らしくすんの止めた!男に戻る!!
俺はこれからも『半田真一』!!
『キドーマコト』になんかなってやんないんだかんな!!」


一気にそう言ってしまうと、決めていたことなのに目の奥が潤むのを感じた。
もうこれで『鬼道真』になる事は無くなったんだと思うと、半身をもがれたみたいだ。
ここ最近、…ううん、もう随分と長い事、俺と鬼道は俺が『鬼道真』になる為の準備をしてきた。
俺が「女」として鬼道と結婚する準備。
「真」は、女で「真一」は変だからって、鬼道と二人で相談して決めた新しい俺の名前だった。
鬼道は「早く慣れろ」って必要以上に新しい名前で呼んだ。
まだ改名手続きも済んでないっていうのに、新しい名前を決めたその日から半田じゃなくてその名前で呼び始めた。
「まこ」って、それこそ如月まこちゃんと同じ名前の渾名まで付けて、何回も何百回も馬鹿みたいに嬉しそうに。
俺が鬼道の下の名前を照れずに呼べるようになる前に、俺たちはその名前に馴染んでしまったぐらいなのに……。


「そうか……」

それなのに鬼道は俺がそう言い切ると、寧ろ覚悟が決まったみたいな顔で顔を上げた。
え、嘘…、もしかして本当にこれで終わり!?
俺は自分から言い出した事なのに、鬼道があっさりと別れを受け入れると思っていなくてうろたえてしまった。
だって結婚の準備って言ったって、俺はほとんど何もしていない。
どっちかと言うと鬼道の方が結婚に乗り気で、そのせいでただでさえ忙しい鬼道が更に殺人的な忙しさになったぐらいなのに。
鬼道が俺の戸籍の事も名前の事もぜーんぶ手続きしてくれたっていうのに、そんな簡単に引き下がるって思ってなかった。


「ならこれからはゲイのカップルとしてやっていこう。
少々不便になるが、お前のジェンダーアイデンティティの為なら仕方ない」


もう終わりかと身構えた俺に、鬼道は真面目くさった顔で至極あほな提案をしだした。
思わずズコーッてこけるかと思ったじゃないか。
まったく何か考え込んでるなぁと思ったら、こんな事を考えていたのか。アホ過ぎる…。
鬼道がこんな事を言い出すから、さっきまでのシリアスな雰囲気なんてそっちのけで俺まで怒鳴ってしまった。


「もーッ!俺、そういう事、言ってないだろ!?
お前とは別れるって言ってんの!!」

「俺は別れるつもりはない」

「お前に無くても俺にはあんの!!
そもそもあんな写真撮られるお前が悪いんだろ!?」

「お前はあんな捏造記事を真に受けているのか。
俺に移籍問題でいくつも記者が貼り付いてるのを知って、チャンスとばかりにあの女優が売名でしたことだぞ?
俺はあんな俺の顔が札束にしか見えていないような女で妥協する程落ちぶれてはいない。
俺がそんなくだらない事に割く時間も無い程忙しくしていたのをお前だって知っているだろう」

「そりゃ知ってたけど……ッ!!
でも、そういう問題じゃないだろ!?」

「じゃあ、どういう問題なんだ?」


ヒートアップしてた俺は鬼道の冷静な切り返しにぐっと言葉に詰まってしまった。


「真」


……言葉に詰まった俺に鬼道が促すみたいに俺の名を呼ぶ。
二人だけの俺の名前。
もおおお!なんだってこういう時にその名前で呼ぶんだよおお。
反則だって…。
……言ってんだろぉ。
鬼道の呼び声がぎゅって胸に突き刺さって、苦しい。
苦しくて苦しくて、今度こそ本当に泣きそうになってしまう。
追い詰められた俺は涙を零すかわりに、ポロリと胸に溜め込んでいた本音を零した。


「……だってさ。
……なんであんな女優と写真撮られるんだよ。
…俺とは。
俺とは一回も撮られた事無いのに、こんなの酷いよぉ……ッ!!」



 

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