鬼道が大人な場合



「半田ちゃん、半田ちゃん!」

「・・・」

一生懸命シュートをしている少年達「だけ」に視線を固定している俺の肩をまこちゃんが叩いてくる。
俺はシカトしてんのにトントントン、と細かく連打してくるのは、それだけ滅多に会えない有名人にまこちゃんが興奮してるからなのかも。
興奮してるまこちゃんには悪いんだけど、俺なんか長閑な土手にそぐわない外車が走ってきたのを見つけただけで誰が来たのか分かってた。
ふーんだッ、なんだよ燃費悪そうなイタリア車なんか乗っちゃって!
そんなにイタリアが好きなら俺なんか迎えに来ないで永住でもすればいいじゃん、馬ーっ鹿!!


「ねね、あれってさ…!」

まこちゃんが今度はゆさゆさと俺の腕を揺すってくる。
よっぽど興奮してるのか、俺の体ががくんがくん揺れる。
ちょっ、まこちゃんってば女の子なのに力強すぎ。
一生懸命有名人の登場に気づかない振りをしてたけど、まこちゃんのミーハーパワーにそろそろそれも辛くなってきた。
あーッ!!でも喧嘩してんのに、それどころか絶対許したくないってのに俺の方から振り向くとか有り得ないっつーのォォ!!


「半田……」

俺が心の中で髪の毛を掻き毟って葛藤してる間に、俺のすぐ背後から名前を呼ばれてしまう。

……懐かしい、俺の呼び方。

振り向かなくてもアイツがどんな顔してその名を呼んだのか俺は知っている。
ゴーグルで隠れてしまっているその下の顔さえ俺はまざまざと思い浮かべる事が出来る。
あーぁ、ぜーったい許さないって思ってたのに、悔しいけどこうやって名前を呼ばれただけで決意がグラつく。
もおお!そんな声で「半田」とか呼ぶなよなああ!!反則じゃんかあああ!!


「あー、やっぱ鬼道さんだぁー!!
えー、なんで日本に居んのー!?あ、もしかして報道どおりイタリアリーグは移籍しちゃうとか!?」

「…ああ、少し日本ですべき事が出来たんでな。
君は確か……、昔、円堂と仲の良かった如月まこさん、だったかな?」

「えー、私の事、知ってんのぉ!?そおでーす、まこって呼んで下さい」


俺が未だそっぽを向いてるってのに、俺のすぐ傍で鬼道とまこちゃんが話し出す。
心なしか俺としゃべる時よりまこちゃんの声が弾んでる。
…ふーん、相変わらず女の子にモテるんですね。ふぅーーーん。
あ、グラついた決心が、さっきより強固なものになった気がする。


「まこちゃん、そんなヤツに媚売っても無駄だぞ。
ソイツ、今、イタリア人の女優と付き合ってるから!」

「えっ、嘘、マジで!?」

ムカつきが無事復活した俺は、鬼道と楽しそうに話してるまこちゃんの腕をぐいっと引く。
その際、ギロリと鬼道を睨んでおくのも忘れない。


「しかも長い下積み時代(?)を支えてくれた(?)10年来の彼女(??)と二股ってゆー、最低の所業を平気な顔でこなす鬼畜だぞ!
俺達みたいな一般人なんか完璧スルーか、良くてもせいぜいモテアソンダ挙句の『ぽいっ』だぞ、『ぽいっ』!!」


ああ゛ー、文句言ってたらなんかマジでムカムカしてきたあああ!!
忙しい、忙しいって中々帰って来ないと思ったら、変なタブロイド紙にスキャンダル写真なんか撮られやがってええ!!
昔っから俺の胸の事を小さい、抉れてるって馬鹿にしてたと思ったら、よりによってあーんなマシュマロおっぱいな女優と浮気するとかマジで最低だろおお!!

…って、俺は心の底から憤ってるってのにまこちゃんにはちゃんと伝わらなかったみたいだ。
俺のこの迸る怒りに同意してくれるどころか、俺の手を振りほどいて俺の事をププッって笑いを堪えてる表情で見てきた。


「やっだぁー、半田ちゃんてば嫉妬ぉ〜?
しょうがないじゃん、しがないサラリーマンの半田ちゃんと違って、鬼道さんは世界的に有名なサッカー選手な上に超お金持ちなんだもん。
モテるのは当たり前でしょー!?
そりゃ女優ぐらいじゃなきゃ釣り合い取れないよぉー!!」

それどころか傷心の俺にこの仕打ちだよ!?
いくら俺達の関係を知らないからって、これは酷いって!!
あー、女子ってどうでもいい男に対してシビアだから、こういう時ナチュラルに傷を抉るよなぁ。


「しがないサラリーマンで悪かったなぁ!!
俺だって本当はもっと給料がいい、格好いい仕事がしたかったよ!!
でも頑張っても今の仕事しか受かんなかったんだもん、しょうがないだろ!?」

「だーかーらー、しょうがないって言ってんじゃん。
自分を鬼道さんと比べるのが間違ってんだって。
だって半田ちゃんていつ会ってもそのスーツだし。
そんなんでモテようなんて世の中の女子舐めんなって感じ。
絶対モテるはず無いし!!」

「あー、言ってはイケナイ事をー!!
まこちゃんはまだ学生だから知らないだろうけどスーツって結構高いんだぞ!?
こんなんでも1万は軽く飛んでくんだぞぉ!!
仕事じゃスーツ着なくちゃだし、他の服なんか買う余裕ないって!」

そうだよ、それもこれもぜーんぶ鬼道のせいだ!!
鬼道がイタリアのチームに入るって言うんでのこのこ一緒に付いて行っちゃった俺は、卒業してから一回も働いたことが無かった。
そんなんでちゃんとした就職なんてこの不景気に無理ってもんだ。
それにスキャンダル発覚した鬼道にブチ切れてイタリアから日本に突発的に帰ってきたからお金も住むところもないし。
敷金礼金とスーツ一式揃えたら、俺の少ない貯金なんてすぐに消えてなくなった。
服なんて買うどころか、ここ最近はもやし炒めばっかだよ。
マヨネーズかけご飯と醤油かけご飯のヘビーローテーションだよ。
小さい胸が更にしょんぼりしちゃったっつーの!

俺がついムキになってまこちゃんに言い返していたら、スッと鬼道が割って入ってきた。


「盛り上がってるところを悪いが、チームのメンバーが練習に身が入っていないようだ。
半田と話したい事もあるし、少し君にチームをお願いしてもいいか?」

その言葉にグラウンドを見ると、チームの小学生連中は鬼道の登場にざわついちゃって練習どころじゃなくなっちゃってる。
本当だったらコイツを紹介して小学生達にサービスさせるとこなんだけど、それも癪だし。
無理やりコーチ業に戻ったら、この気まずい状態のままずーっと傍に居られるって事になるだろうし。

・・・まあ、それよりはマシか。
俺は譲歩に譲歩を重ねて、鬼道の言葉に乗ってやることにした。


「じゃあいつものドリブル練習を10セット。
それが終わったら世界の鬼道さんがサッカーのお手本でもサインでもなんでもしてくれるから皆頑張れよー」

俺は腰に手を当てて小学生達にそう号令する。
勿論、チクリと鬼道への攻撃も忘れない。
案の定、俺の言葉が終わらないうちに小学生達はワッと歓声を上げて練習を再開する。
ぷぷっ、後でアイツらに色々と揉みくちゃにされてしまえ。
俺は子供達の駆けていく後ろ姿を見送ると、今度はまこちゃんに拝むみたいに片手を挙げてみせる。


「悪い、少しの間アイツら頼むね」

「はいはい、分かってますよーだ」

まこちゃんは面白くなさそうな声色で返事をしたくせに、軽やかに子供達に向かって走り出す。
俺と鬼道は微妙な距離を保ったまま、彼女が子供達の所まで走っていくのを見送った。
お互い視線を合わせず、まこちゃんの後ろ姿を見つめ続けた。



「如月まこ、か……」

・・・鬼道がぽつりと、こう呟くまで。


「お前の名前に似ているな」


 

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