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…そう言ってくれるのは嬉しいけど、正直突然すぎてどうしていいか分からない。

だって、これって…所謂「カミングアウト」ってことだろ?
いくら俺が半陰陽だと言っても親にとっては15年間男だったわけだし。
それがいきなり彼氏紹介とか…。

どんな顔して親に会ったらいいか、分かんないよ。
それでなくとも、俺、親に「卒業式が終わったら、男としてもっとちゃんと治療受けるから」って言ってたのに。
親だって、今日、他のどの親よりも感慨深そうな顔で卒業式に参加していたっていうのに。


俺が逡巡して視線を彷徨わせているのに、一之瀬は鏡の前で髪の毛を整え始める。

「今の時間、半田んちにご両親は居る?」

「おばさんはさっき居たな。機嫌も良さそうだったし、頑張れよ」

「ありがと、土門」

土門が迷ってる俺なんかよりも先に一之瀬に答えてしまう。
なんて答えようか決めかねていた俺の口は言葉を発しないまま、ただ意味もなく閉じられる。


「はーんだ。
ここらで一之瀬にちゃんと挨拶させた方がいいぞ。
親御さんだって、お前が悩んでんの流石に気づいてるだろうし、
何も言わないよか絶対いいって」

土門が表情の固まってしまった俺に笑う。
土門の力強い笑顔に、あの日重ねられたカサついた手を思い出す。


あの手は、一之瀬との事を話しても、また俺の手を握ってくれるのかな…?
薬を飲みだした俺に安心して、母さんも漸く自分の手のお手入れも再開するようになったのに、
また手をカサつかせる事になったりしないかな…?


迷う俺に一之瀬も笑う。
それはもう覚悟の決まった、潔い顔だった。


「半田。
俺の将来はサッカー選手となって半田と共にあることって決めてるんだ。
サッカー選手の方は、もうユースとして入団を決めている。
だから半田の方もちゃんと決めておきたいんだよ」

そう言うと一之瀬は俺の手をまたぎゅっと握った。


「半田。
俺は近い将来、半田と結婚したいんだ。
俺が日本に居る間に、俺にちゃんと半田のご両親に挨拶させて?」


一之瀬の言葉と共に、ふわって、急に現実感が俺から遠のく。
足の力が抜けて、自分がちゃんと立っているかどうかも分からない。
ただ一之瀬が握ってる手だけが、現実に俺を押し留めていた。


結婚…。
今、一之瀬、「結婚」って言った…。

それって…、俺と、って事?
え?え?これからする挨拶って…。
もしかして結婚を認めてもらう挨拶なのか…!?


「いやだな、今までだって何回もいつか結婚したいって言ってたじゃないか。
そんなに驚かないでよ」

「だって!だって男同士だし…!
結婚できたらいいよなーって意味だとばっかり」

「アメリカのいくつかの州は同性婚が認められてる。
無理でも冗談でもないよ。
俺は本気で半田と結婚したい」

一之瀬のまっすぐな瞳と繋いだ手から、どんどんと俺に無くなっていた現実感が戻ってくる。
それは空白だった俺の中にずうんと重く響いて広がっていく。


俺…。
俺は…。
…この人と結婚するの?


目の前にいるはずの一之瀬の姿が、歪んでいく。
悲しいって訳じゃないのに、なんでだか涙が湧いてくる。


今まで、結婚とか考えた事も無かった。
中学生だし、こんな体だし。
命を繋ぐ事の出来ない俺は、ぼんやりと誰とも結婚しないで一生独身なんだろうなって思ってた。
一之瀬の言葉だって、いつだって冗談にしか聞こえなかった。

今だって結婚とか、ちっともリアルに感じない。
まだ働いてもいないし、俺と一之瀬でどんな生活をするのかなんて想像だって出来ない。
それどころか二人で生活なんて出来る気が全くしない。


でも、それでも。

「結婚」って響きが嬉しかった。


だって、皆に認められて祝福されてる感じがする。
何があっても一之瀬と一緒に居られる気がする。

大丈夫だ、って思えた。



「半田は、嫌?」

一之瀬が少しだけ不安そうに俺に訊ねてくる。
俺はぎゅっと繋いだ手に力を込める。
でもそれは一之瀬に大丈夫って伝える為。

もう、俺は自分の足でちゃんと立っていた。
もう、迷うのは止めた。

親が呆れて心配しなくなるぐらい、いっぱいいっぱい笑おうって決めていた。


「一之瀬、俺…!」


一之瀬を見つめ、俺は笑みを浮かべる。

俺の顔が一之瀬みたいに潔い顔だといいなと思いながら…。


 END

 

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