13



目を瞑った俺の前方から、はぁっと息を吐き出す音がした。
恐る恐る片目ずつ目をそろーっと開けると、一之瀬は肩の力を抜いて前髪をかき上げていた。


「なんだ…。何かと思ったよ」

一之瀬はそう言うと、俺に向かってははっと笑ってみせた。

……何?なんで一之瀬が安心したように見えるんだろう。
なんで一之瀬がこんな反応するのか分からなくて俺は不安さえ覚えてしまう。


「いいよ、そんなに謝らなくって。
男の半田が男を選ぶなんて当たり前なんだし、そんな気にするような事じゃないよ。
でも今度からはなんでも俺に相談してほしいな。
どんな小さな事でも半田の事ならなんでも知っておきたいから」

そう言うと一之瀬は俺の手を握って、一之瀬の顔へと持っていく。
緊張で冷たくなっていた俺の手の甲に、チュッと温かいものが触れる。


「ね?約束だよ」

え?え?
…意味が分からない。

どうなってるのかさっぱり分からないのは、今された手のキスのせい?
頭が混乱してるのは一之瀬が欲を孕んだ瞳を俺に向けているから?


俺は今、たしかに一之瀬への恋よりも今までの生活や周りの皆を選んだって言ったはずなのに。
ずっと一人で辛くて、それに耐え切れなくて一之瀬への恋心を捨てようとしたって言ったはずなのに。


なんで一之瀬はそんな顔で笑っているんだ?
どうして当たり前だよって言ってくれるんだ?


「ど…、して?」

俺の口から零れ出た言葉に、一之瀬は「ん?」と笑みを浮かべたまま首を傾げる。

「なんでも話すって約束?
好きな人の事はなんでも知っておきたいって変かな?
それでなくとも離れてるんだし、なんだって知りたいんだよ、半田の事なら」

俺が聞きたい事はそんな事じゃないのに、一之瀬の雰囲気がより甘くなっていく。
顔に、頭に、熱が集まって、どんどん俺を馬鹿にしていく。


「違っ、…違くて!
なんでそんな風に俺の事許してくれるんだよっ!?
俺、ずっとずっと苦しくて、一之瀬の事好きにならなかったら、もっと簡単に男を選べたのにってお前を恨んだりもしたんだぞ!?
お前の事、こんなにも好きじゃななきゃ親を困らせる事も無かったのにって、薬を見る度に思って、辛くて…。
毎日のように『もう一之瀬の事は忘れよう』って思ってたんだぞ!?」

甘い一之瀬の雰囲気に呑まれそうになって、俺は何度も首を振る。
簡単に許してしまえる一之瀬と俺の中の罪悪感が釣り合わなくて、俺は自分の罪状を必死になって並べた。
そうしないと、後ろ暗い思いを抱えたまま一之瀬の腕の中に戻ってしまいそうだったから。

でも、俺がどんなに言い募っても、一之瀬の顔はあまり変わらなかった。
必死な顔の俺に少し不思議そうに眉を寄せて、困惑した顔で俺の髪を撫でた。


「えっと…?
よく言ってる意味が分からないんだけど、半田は俺が大好きって事で合ってる?」

「そうじゃ無いだろっ!」

「えっ!大好きじゃないの…?」

ああ、もう。
なんでこんなにも話が通じないんだろう。
俺が言いたい事はそうじゃないのに。

色々な感情がごちゃまぜになった頭はただでさえ爆発しそうで、
進まない話が更に俺の導火線に火をつける。
なんだか自分でも何が言いたかったのか分からなくなってきた。


「もうっ!馬鹿っ!!
大好きだよっ、すっごい好きだよっ!!
でも遅いって言ってんだよっ!!
もう無理って言ってんだろっ!!何回も言わせんなよぉおっ!!辛いんだよ、馬鹿ぁああ!!」

俺は一之瀬の胸倉を掴んで、泣き喚いた。
それはもう癇癪を起こした子供みたいで、でも自分でも止められなかった。
今までずっと一人で誰にも言えなかった分、一気に爆発したみたいだった。
何にも考えられないで、ただ思いっきり泣きたかった。

俺は一之瀬の胸倉を掴んだまま、一之瀬の胸に顔を埋めた。

一之瀬は一回俺を抱きしめ返そうとしたけど、俺が振り払ったらそれからは俺に触れる事は無かった。


俺の嗚咽に土門の静かな声が混じる。


「半田はさ、ずっと一人だったんだって。
ISの体に治療が必要って事もお前の事も誰にも相談できず、体調が悪い中それでも一人で悩んでたんだ。
悩んで出した答えにも結局苦しんでる」

土門はそこで言葉を切った。
俺は一之瀬に掴まりながら、土門の声に耳を傾けた。
続けられた言葉に俺の視界は一之瀬の胸元しか見えないのに視線が泳いだ。
どこを見ていいか分からなかった。


「だからさ、今、お前の答えを聞かせてやれよ。
もし半田に男と女どっちを選んだらいいって聞かれてたらお前ならどうしてた?」


 

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