12



「…半田っ!」

一之瀬の俺の名前を呼ぶ声がケータイを介せず直に聞こえる。
一之瀬の腕が背中に回って、俺を胸の中に入れて閉じ込めようとしてるんじゃないかってぐらい、ぎゅうぎゅうって抱き締めてくれる。

苦しくて、でも嬉しくて俺ははあって息を吐く。


一之瀬、一之瀬、一之瀬!

なんで俺はこの優しく暖かい人と離れて大丈夫なんて思ったんだろう。
こんなにも一之瀬の胸の中は、俺にぴったりと同じ形をしているのに。
一之瀬の胸の中が俺の居場所だったのに。

それなのに、俺は。


一之瀬はずっと強く抱き締めてくれる。
そこはもう一之瀬の胸を掴んでいる俺の腕さえ邪魔なぐらい狭くて、それなのに一之瀬はどんどん力を込めてくる。
もっと、もっと近くに来て欲しいって言ってるみたいに。

一之瀬に縋る為の腕だったのに、俺の腕は今では一之瀬と俺が密着するのを防ぐ邪魔な存在でしか無かった。
本当は、この腕を一之瀬の背中に回して、一之瀬の鼓動をこの耳で聞きたい。
本当は、この腕を一之瀬の首に回して、一之瀬の呼吸をこの唇で感じたい。

去年までの俺だったら、迷う事なくすぐそうしていたはずなのに。


今の俺に、その資格なんて無かった。


外見上の変化は無くとも、俺はもう男だった。
男を選んでいた。
一之瀬を愛した女の自分は捨てていた。
捨てようとしていた。

こんなにまっすぐ愛してくれている一之瀬を俺は選ぶ事が出来なかった。


どうしようも無いぐらい、後悔と罪悪感が俺を襲う。


この居心地のいい場所に俺はもう居ちゃいけない。
そう思うと脚が震えた。
脚が震えて一人じゃ立っていられないって思っても、目の前の人には縋る事は出来ない。
触れる事も触れられる事も、もう出来ない。

でも、この結果を招いたのは自分だ。


俺は最後の気力で、縋っていた手で一之瀬の胸を押した。
ほんの少しだけ一之瀬の腕が緩んで、俺達の間に隙間が開く。
支えを失った俺は、ずるずるとその場に崩れ落ちた。


「ごめっ!ごめ…一之瀬…俺…っ!」

口から出るのは自分の裏切りを謝罪する言葉。
なのに一之瀬を見る事が出来なくて、俺は手で自分の顔を隠す。


俺の方へ何かが頭上から近づく気配がする。
多分、一之瀬の手。
その手に触れていい資格なんて俺には無くて、俺は避けるように身じろいだ。
ピクッって俺のすぐ傍で手が縮こまる。


「半田は何か謝るような事したの?」

冷たい一之瀬の声が俺の胸を貫く。
またずきりと罪悪感が俺を襲う。
あまりの冷たさに咄嗟に首を振ってしまいそうになって、唇を噛む。


……したクセに、こんな風に冷たくされて怖気づくなんて卑怯だ。

もう一度ちゃんと謝ろうとしたその時、それよりも早く土門の雰囲気にそぐわない明るい声が部屋に響く。


「したから謝ってんだろーが。
なあ、半田?」

そんな土門の声と、俺の方へと近づいてくる足音がする。
土門は俺の隣にしゃがむと、俺の肩を掴んで半ば無理やり一緒に立ち上がらせた。

怪訝そうな一之瀬と、真正面で向き合う。


「ほら、一人で決めちゃって悪かったって言うんだろ?
大切な事なのに一之瀬に相談もしなくてごめんってさ」

土門に支えられて、一之瀬を見つめる。
その顔は怪訝そうに眉が寄っていて、少なくとも機嫌が良さそうには見えない。

また少し、泣きたくなる。


「ほら、言えって。治療の事」

土門が促すように言ってくる。
土門の言葉に少し一之瀬の眉が上がる。

もう一之瀬が怒っているのか何を考えているのかさっぱり分からない。
分かるのは、俺がちゃんと今までの事を話して謝らなければいけないってことだけ。

全部口にするのは怖いけど、土門の腕が俺を掴んでいて逃げる事はおろか、一之瀬の正面を避ける事も出来ない。

土門から視線を俺に戻した一之瀬は、じいっと人一倍大きい瞳で俺の事を見つめてくる。
俺が何を言うのか固唾を呑んで待っている。

俺は視線を逸らす事が出来ず、足掻く様に眼を瞑る。
それから大きく息を吸い込んだ。


「ごめん、一之瀬。
俺、この体に治療が必要ってなった時、男を選んだ。
女を選ぶ事だって出来たのに、俺、男を選んだ…っ。
ごめん、一之瀬っ!ごめんっ!!」


一気に吐き出したその言葉は、ほんの少しだけ揺れていた。
でも泣くことも、逃げる事もせずちゃんと言えた事に、
俺は少しだけ安堵もしていた。


 

prev next





「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -