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「今日の試合を最後にしようって思ってた。
試合で一之瀬と対等に戦えたら、ふっきれる気がして。
これでも頑張ったんだぜ、俺」

少し笑って俺は土門を見上げた。
見上げた土門は、痛々しいものでも見るような眼で俺を見ていた。


そうだよな。
こんなのイタいよな。

部活でも補欠かレギュラーか分かんないような奴が、アメリカ代表のエース相手に死に物狂いで食いついていったんだ。
俺がどれだけ努力したかなんてすぐ分かるよな。

しかも俺は試合が終わった時、「もう大丈夫だ」って思ったんだ。
ちゃんと対等に戦えて、ボールを取った瞬間も「やった!」って思った。
試合が終わって、一之瀬を見ても平気だった。
それが嬉しくて一之瀬と笑って話す事さえ出来たのに。


それはただ俺が試合で興奮状態にあったってだけだった。


豪炎寺に呼ばれて、いつもみたいに心配されてたらどんどん普段の俺が戻ってきた。
興奮状態が醒めた俺は、一之瀬に簡単に反応した。
それまでが嘘みたいに、試合も、豪炎寺も、土門も見えなくなって、
脚に触れる一之瀬の手だけが全てだった。
肩に置かれた一之瀬の手に意識が持っていかれた。


どれだけ努力しても、どれだけもう大丈夫だと思っても、
一之瀬の些細な行動一つで泡と消えてしまう。

俺はそんなイタくて駄目な奴だった。


「ほーんと、俺って馬鹿。
ちゃんと別れの言葉だって考えてたのに、いざ一之瀬に会ったら何にも言えないの。
嫌うのも無理。別れを告げるのも無理。
でも一之瀬の手を取って何もかも捨ててアメリカに行くのも無理なんて、本当ふざけてるよな」

「一之瀬には何にも言えてないのか…」

土門の手が俺の頭から遠のいていく。
軽蔑したのかな、こんな話聞いて。
俺は温かみを失った後頭部が寂しくて、土門の手を未練がましく見てしまう。

土門の手は俺の頭から、自分のズボンのポケットへと移動する。
土門はケータイを取り出して何かを確認すると、もう一度俺の頭に手を置いた。


「じゃ、今から一之瀬に言いたい事全部言いに行こうぜ」


土門は笑顔で、俺が一番言われたく無かった言葉を口にする。
土門の手が戻ってきたのが嬉しいのに、体が勝手に逃げるみたいに手を後ろに着いてしまう。
微妙な距離が俺と土門の間に開く。


「や…、嫌…、もう、会いたくない…」

このまま時間が過ぎれば、一之瀬はすぐアメリカに帰ってしまう。
そうすれば、一之瀬だってもう俺に電話なんてしないだろうし、
最初は辛くても時間が解決してくれるはず。

もうこれ以上、一之瀬を嫌いになる努力なんてしたくなかった。


「もう一度、一之瀬に別れの言葉言うなんて、俺…、もう嫌だよっ!」

俺は土門の手を振り切るように首を振る。
本当にそれだけは嫌なのに、土門はそんな俺の気持ちを分かっているのかいないのか、また俺の事を痛々しそうに見てくる。

「別れって言うかさ…」

苦笑してそう呟くと、土門は俺の頭をぽんぽん叩いた。


「ま、大丈夫だって。
取り合えず別れたいって思った理由だけでも一之瀬に教えてやってよ。
そうじゃないとアイツ、絶対豪炎寺のとこ撲り込みに行っちゃうから」

「えっ、なんで豪炎…」

「それに一之瀬も可哀想だろ?
アイツだってお前に早く会いたい一心でリハビリ頑張ったっていうのに、こんな風に理由も分からず御終いなんてさ。
全く動けない状態からあそこまで戻すのはお前が考えてるより大変なんだぞ?」

な?って土門が俺の顔を覗き込んでくる。
土門らしいおチャラけた言い方だけど、本当はふざけてなんかいないって俺だって分かる。


一之瀬がそんなに頑張っていたなんて初めて知った…。
俺との電話ではそんな事一言も言って無かった。
いっつも俺に会いたいなーってそればっかりで、
いつも俺との電話では日常の些細な事と俺達の未来の事ばかり話してた。
俺の話を聞きたがった。

俺には泣き言も愚痴も一言だって言わなかった。


「俺が一緒だから、大丈夫だって。
いざとなったら俺がフォローしてやるから、ほら行こう」

土門はそう言って立ち上がり、俺に手を差し伸べる。
それは俺が話している間中、俺の頭にあった手で、
土門の優しさと初めて知った一之瀬の気持ちが俺に土門の手を取らせた。


大好きな一之瀬への最後の誠意。
それさえ出来ない程、駄目な人間になりたくなかった。


 

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