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慢性的なホルモン不足による貧血と、骨粗しょう症の恐れ。
俺みたいな半陰陽の体では起こり易い症状なんだって前から病院で説明されてはいた。

「それでなくても今の社会制度では、どちらかの性を選択しないと生きづらい。
そういう症状が出る前に、男性か女性、どちらかを選択してホルモン治療を始めましょう。
そして将来的には外性器の手術を」

先生は俺の体について説明した後、そう語った。

ホルモン治療を始めると、何かしらの体の変化は必ず起きる。
そしてその変化が起きてしまうと中々元の体には戻れない。
伸びた身長を縮めるのが難しいみたいに、進むのは簡単でも後退させるのは難しいって事らしい。
じっくり考えて決めてほしい、って言われた。





名前は「真一」。
学校でも学生服を着て、サッカー部に入って活動中。
カウンセリングでも俺の性自認はやっぱり「男」。
親はすぐにでも「男性」としての治療を望んだ。
少し前なら、俺も迷う事無く親と同じ選択をしたと思う。
その治療さえ受ければ、あんなに切望した普通のままでいられる。
いらないと思った普通じゃない部分が俺の中から無くなる。

でも、俺は即答出来なかった。



だって俺は一之瀬に恋をしてしまった。



最初はその気持ち自体認められなかったけど、今ではもう無かった事になんか出来ない。
一之瀬にくすぐったいほど大切にされた事も、
俺の何もかも受け入れてくれた事も、
くだらない喧嘩でさえも、一之瀬と過ごした日々はいつでも幸せだった。

簡単に「男」を選べないぐらい、その気持ちは俺の中で大きかった。
今まで生きてきた「男」の人生を捨ててもいいと思える程、一之瀬が好きだった。


だからと言ってすぐ「女」を選べる程、俺と一之瀬の関係は深くなかった。


出会ってまだ一年未満。
想いは確かに通じ合ったけど、一緒に居た時間なんて本当に短い時間だった。
今もすぐには会えなくて、電話では「好きだ。会いたい」って言ってくれるけど、それが本当かどうかなんて確かめるにはアメリカは遠すぎる。
その電話だって思う存分出来るわけじゃなくて。
もうすぐ一緒に居た時間より離れている時間の方が長くなる。


俺の中の「女」の部分は一之瀬への恋心しかなくて、
一之瀬が一緒じゃなかったら意味が無いものだった。


入院中の一之瀬に、こんな相談してもいいのかな?って言い出すのを電話で躊躇してしまったら、もう言えなくなっていた。


「一之瀬を好きだから「女」を選んでいい?」って聞いたら重くないかな?とか。
リハビリで大変なのにこんな風な将来の話を聞かせて迷惑じゃないかな?とか。
実はもう俺の事好きじゃなかったらどうしよう、とか。


考えたら考えた分だけ不安が生まれた。


そして決められなくてぐずぐずしている内に、俺は怪我をしてしまった。


俺を「男」として見て「男」として育ててきた親に、同じ男の一之瀬の事を好きになったってどうしても言えなくて。
親は理由も言わずに、決断を先延ばしにする俺を理解できないようだった。

最初は「重要な事だから」って何も言わないで根気よく待ってくれていた親も、実際俺が骨折をしたらそうも言ってられなくなったみたいで。
「早くホルモン治療を始めた方がいい」
って説得から始まって、
どんどんどんどん俺を心配する言葉が増えていった。
それが治療を受けない俺を責める言葉に変わるのに時間は掛からなかった。


親の言う「なんで治療を受けてくれないの?」
って言葉が
「なんで一之瀬の事を好きになったんだ!?」
って聞こえた。


一之瀬と俺の事を祝福してくれる人なんて一人も居なくて、
それどころか俺の恋心は皆から疎ましく思われてるってひしひし感じた。


毎日のように親に責められて、
体調だって良くなる兆しなんてある訳なくて。
誰にも相談出来なくて。

ずっと一人だった。
何も見えなくて閉塞感で息が詰まりそうだった。


そんな中、俺に変わらず接してくれたのはやっぱり友達で。
俺の秘密を知らない皆と一緒にいる時間だけがほっと出来た。
豪炎寺の俺を気遣ってくれるちょっとした優しさが有難かった。

「男」ならこれが日常になるんだ、と思った。


それは今の真っ暗な状況に比べて、途轍もなく魅力的に見えた。


 

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