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*土門視点です
「悪いな、急に来て。
今、部屋で一之瀬の奴が荒れててさー。
『豪炎寺いいい』って煩いんで避難してきた」
「ッ!」
机の椅子から俺が囲んでいるローテーブルの一角に座ろうとしていた半田の体が俺の『一之瀬』って言葉にびくりと反応する。
「…そっか」
半田の返事はそっけなく、そして低いものだった。
分かりやすい半田が懸命に感情を隠そうとしている様子はなんだか痛々しい。
俺はこんな半田の感情を暴こうとしているのか。
ふぅーっ、半田を虐める訳じゃないし寧ろ半田の気持ちを理解したいって思ってるのに、なんだか悪者になった気分だ。
「ここだけの話、お前に会いに行く前から『半田の脚は俺のものだああ、勝手に触るな!!』ってイラついてたんだぜ。
喧嘩になるぐらいウザかったんだろ?」
俺はわざと明るい口調で「別れた」とは言わずに「喧嘩」と表現した。
別れるなんて大げさな話にはしないぞっていう俺なりの決意ってやつ?
「……」
俺の軽い牽制は効果無しか。
少しは半田の反応があれば、半田の真意を知る手がかりになるんだけどな。
ま、それならそれで反応があるまで続けるまでだ。
「アイツそれでなくても嫉妬深いってのに、目の前であんなことされちゃそりゃ怒るって。
しかも相手はあの豪炎寺。
俺もびっくりしたねー、あのつっけんどんな豪炎寺がお前の世話焼いてんだぜ?」
「そっ、それは豪炎寺は責任感が強いから!」
お、反応が返ってきた。
良かった、ずーっとだんまりだったらどうしようかと思った。
俺は内心の安堵をおくびにも出さずに話を促す。
「ああ、さっき言ってた豪炎寺とぶつかって怪我したってやつ?」
「豪炎寺は俺が怪我した事気にしてるんだよ!
俺が悪かったのに、俺だけ怪我しちゃったから」
半田がさっきまでのだんまりから一転身を乗り出すように言い募ってくる。
うん、一之瀬の話題以外なら普通に話してくれそうだ。
「あー、アイツ、夕香ちゃんの事があったから自分のせいで誰かが傷つくの嫌がるもんなぁ」
「そうなんだよ!
すっげぇ責任感じちゃって、勉強大変なくせに部活引退後も俺の特訓に付き合ってくれてさ。
もう豪炎寺って本当イイ奴なんだ」
あー、やっぱ豪炎寺は半田にとって一之瀬との事には無関係なんだな。
じゃなけりゃ、半田がこんな風に俺の前で手放しで豪炎寺の事を褒めるはずが無い。
それよりも半田の言葉に気になる事が何個もあった。
半田の口もなめらかになってきたし、そろそろ聞いてみるか。
俺は今までの口調のまま何気なさを装って口を開く。
「お前、部活引退した後にサッカー特訓してたのか!
半田すっごいサッカー上手くなってたもんなぁ。
じゃあさ、怪我ってのはいつしたんだ?」
「え?」
なめらかになっていたはずの半田の返事が止まる。
「少なくとも部活引退する前なんだろ?
ほら俺、お前が怪我したって知らなかったからさ。
一之瀬も知らなかったみたいだし。
知ってたら豪炎寺にもあそこまで嫉妬しなかったと思うぜ?」
「……」
また半田のだんまりが始まった。
思ったとおり、「豪炎寺」はこの件に関係無くとも「怪我」は違う。
「なあ、なんで俺達に怪我の事黙ってたんだ?」
俺が再度半田に訊ねると、半田は俯いてじっと何かを考えているようだった。
暫くしてから半田はちらりと俺の様子を伺った。
まだ俺が半田の回答を待ってるのを知ると、半田は俺の視線を避けるように再度俯いてから、渋々といった感じで答えだした。
「……心配かけたくなかったから」
「本当に、それだけ?」
「…だって一之瀬、入院してるのに大したこと無い俺の怪我で心配させる必要ないだろ」
「じゃあ俺には?」
「……なんとなく」
「……」
俺はじーっと半田を見つめる。
話の整合性はあるがなんとなく俺は半田が何か隠している気がしていた。
今だって俺の視線に居心地悪そうにしているし、
本当にそれだけなら何だってこんなに半田の口は重いんだ?
「大したこと無いって、怪我はどうだったんだ?」
「……別に」
「隠しても豪炎寺に聞けばすぐ分かるから無駄だぞ?」
口の重い半田に、俺はケータイを見せる。
ただの勘ってだけでこんな脅迫じみたことする俺は少し馬鹿なのかもしれない。
でも、半田のいつもと違う様子に、「これだ!」って思ったんだ。
もし俺の勘が正しくて、半田が「別れよう」なんて一之瀬に言った理由がここに隠れているなら。
半田はきっと、こうでもしなきゃ口を割らない。
俺は固唾を呑んで半田を見つめ続ける。
半田がぎゅっと目を瞑った。
「……骨折」
そして。
沢山の息と共に吐き出すように返ってきたのはそんな答えだった。
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