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*土門視点です
久しぶりに訪れた半田の家。
俺は駅から大分離れた住宅街の一角にある、ありふれた一戸建ての前で、半田の部屋の窓を見上げる。
そこは、半田に連れられて初めて半田の家に来た時となんら変わっていなかった。
あの半田の秘密を告げられた時と。
半田の秘密。
それは確かに予想以上に重大な事だった。
秘密を守る人間も半田の両親や理事長といった立派な大人ばかり。
それに俺も加わったのだと、あの時はその重さに背筋が伸びたもんだった。
でもそれだけ。
半田の秘密は半田自身にとっては一人で支えるには重すぎるものでも、友人にとっては些細な事だった。
だってそうだろ?
例えば友人に「俺、乳首が三つあるんだ」って言われたらビックリはするけど、ソイツと友達付き合いするのに何か問題が生じるか?
生じないだろ。
イジるネタが増えたってぐらいだろ?
それと一緒。
恋に狂ってる一之瀬も同じように思っているのはすぐ気づいた。
俺とは多少意味が違うが、半田の秘密なんて気にならないぐらいアイツは半田に夢中だった。
秘密を守る事は忘れなくても、秘密の事自体はすぐ忘れていた。
そう俺達にとっては、半田の秘密は些細なものなんだ。
でも逆に言えば、半田にとってはそうじゃないって事だ。
そしてそれを一之瀬は気づいていない。
知ってはいるんだろうけど、本当の意味で知ってはいない。
理解していない。
多分今回の事もそんな誤解がどっかにあるはずだ。
一之瀬にとって重大な事、半田にとって些細な事。
半田にとって重大な事、一之瀬にとって些細な事。
あいつらはお互いにそれが見えていない。
俺の予想では豪炎寺の存在は一之瀬にとって重大でも半田にとってはそうじゃないはず。
俺は窓を見上げていた視線を入り口に戻す。
インターフォンを押せば、返ってくる朗らかな半田の母親の声。
「すみません。土門ですけど、半田君いますか?」
「あら土門君、お久しぶりね〜。
ちょっと待ってて」
そんな挨拶だけで、ドアはすぐ開けられた。
連絡もしないで来ただけに、少しホッとしてしまう。
「どうぞあがって」
半田の母親はそうスリッパを勧めてくれると、二階の自室にいるだろう半田を呼んだ。
「真一〜、土門君が来てくれたわよぉー」
「……部屋に来てもらって」
朗らかな半田母の声と違って、一拍間を開けて返ってきた半田の声は随分と低かった。
その不機嫌ともとれる声に半田母は顔を顰めて俺に謝ってきた。
「ごめんなさいね、最近あの子ずっとあんな感じで。
反抗期ってやつかしらね」
半田が反抗期?
反抗期っていう、ごく普通の中学生らしい青春の1ページを繰り広げている半田に、苦笑しか出てこない。
反抗的なイメージは無いのに、似合いすぎる。
でも、さっきの低い声は反抗期だからって事はないんじゃないかな?
だって俺が急に来る理由なんて一つだけだし。
歓迎されてないか、それとも…。
俺は二階にある半田の部屋のドアを開ける。
机に向かっていた半田がドアの開く音に反応して振り返る。
「よ!半田、大丈夫か?」
「……平気」
泣いていて、ああいう声しか出せなかったかだ。
俺が軽く手を上げて挨拶すると、半田は真っ赤な目で口の端をほんの少し上げて笑った。
慌てて拭ったのか目の横が赤くなっている。
それでも泣きはらした瞳は隠しようが無かった。
……そんなんじゃとても『平気』になんて見えないよ、半田。
俺はふぅーっと溜息を吐くと、いつも半田の部屋に来ると座っていた座布団に座る。
何から聞いてやろうかと、俺はこの変なところで意地っ張りな友人の心を開かせる作戦を練りながら。
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