〜一之瀬の場合V〜1



*土門視点です。




卒業記念の試合もその後のちょっとしたパーティーも恙無く終わって、ホテルに着いた途端一之瀬は怒りを爆発させた。
むしろよく空気を読んで我慢してたなぁと感心すらしたぐらいだ。
そんな機能が一之瀬に付いてたなんて驚きすら覚えた。
まあ、不機嫌さと目の鋭さは全く隠しきれて無かったけどな。


「土門も見ただろ!?あの豪炎寺の態度っ!」

一之瀬がコートをベッドに投げ捨てながら忌々しそうに吐き捨てる。
俺はもう苦笑するしかない。

「あー…見たなぁ」

「なんでわざわざ半田の脚を触るんだっ!
あれは俺の脚じゃないかっ!
豪炎寺が気安く触っていいもんじゃないぞ!」

……いつ半田の脚はお前の許可制になったんだ?
とは思ったもののそれを言ったら火の粉がこっちにまで飛んできそうなので言わずにおく。
それの変わりと言っちゃあなんだけど、俺はある疑問を口にした。


「なぁ、お前、半田が怪我した事なんか知ってたか?」

「知らないよっ!
どうせ怪我した時に豪炎寺と何かあったに決まってる!
それで俺に隠してたんだ、きっとそうに決まってるっ!!」

苛々と一之瀬が壁に拳を叩きつける。

あー…、これは相当頭に血が上ってる。
落ち着いた話は出来そうも無い。

それもそうかと俺は一人ごちる。
ずっと遠距離でやっと会えた恋人が目の前で違う男から横恋慕ととれるような事をされてたんだ。
一之瀬が怒る気持ちも分かる。




今日、卒業試合と称して久しぶりに訪れた雷門で俺達はサッカーの試合をした。
雷門の最初期メンバーである半田と俺達は別チーム。
まあそれは別に構わない。

でも驚いたのはその後だ。

半田は俺達が最後に見た時よりも驚くほどの成長を遂げていた。
あの手も足も出なかった一之瀬をワンツーマンでマークして、更に互角の戦いをやってのけたのだ。
まずこの時点で相当驚いた。

しかもその後、もっと驚いた事が起きたのだ。

試合終了後、上気した顔で真っ先に一之瀬のところに走ってきた半田と話していると、
割って入るように少し離れたところから豪炎寺が半田を呼んだ。

ただ「半田」と。

その瞬間、その聞き慣れない響きにぞくっとした。
豪炎寺がそんな声を出せるなんて思ってもいなかったからだ。

俺が知っている豪炎寺の厳しさに溢れた声とは全く異質の声で名前を呼ばれた半田は、嬉しそうに豪炎寺に振り返った。


「豪炎寺、やった!
俺、一之瀬からちゃんとボール奪えた!」

その様子は全くいつもどおりの半田だった。
笑いながら豪炎寺に駆け寄る姿は相変わらず無邪気で、そもそも駆け寄った事さえ試合中に誰かが点を入れた時の反応と同じだった。

そう、俺の見たところ半田に変化は見られなかった。

豪炎寺がいくら愛しさを滲ませて名前を呼ぼうが、
どれだけ優しい目をして半田を見ようが半田に変わりは無かった。

多分、半田にとって豪炎寺の態度は日常と変わらないのだろう。
…俺達にとって、いくら異質に見えようとも。


豪炎寺は俺達など視界に入っていないかのように半田しか見ていなかった。
駆け寄った半田にほんの少しの微笑を受かべると優しく半田を諌めた。

「ほら、今日は無理しただろう?
テーピングを外して少しアイシングしておこう」

「う〜…、いいって!自分でやるから」

しゃがみこみ足に触れる豪炎寺を半田はやや照れたように止めた。
その瞬間、俺の隣からぎりっと歯軋りの音がした。
一之瀬が我慢の限界に達したのだろう。
豪炎寺が足に触れたから半田は照れたのでは無く、俺にはそうやって世話をされるところを一之瀬に見られた事を恥じているように見えたが一之瀬にはそうは見えなかったらしい。

一之瀬は音が俺に聞こえる程、歯を噛み締めた後、半田に走りよった。
怒りなど微塵も見せない心配そうな顔で。
こんな時でも、コイツの見栄っ張り精神は発揮されるらしい。


「半田、脚どうかしたの?」

そう言うと一之瀬は豪炎寺の手を遮るように半田の脚に触れ、半田を見上げた。
その途端、半田の顔が化学反応を起こしたみたいに真っ赤になった。
それは一之瀬しか起こせない見慣れた化学反応。

本当に半田は相変わらずだった。

半田は一之瀬の嫉妬にも豪炎寺の急に鋭さを増した眼光にも気づいた様子は無かった。
ただ、一之瀬の手と、一之瀬の眼差しにだけ反応して真っ赤になって足を引いた。


「ちょっと…。
少し前に豪炎寺と練習中にぶつかって怪我したから、それで…」

もごもごと言い訳するように言う半田を一之瀬は立ち上がって肩に手を置いた。

「じゃあ俺が見てあげる。
俺、リハビリ生活長いしそういうの詳しいからさ。ほら、行こう?」

半田の肩を抱き、促す一之瀬の意識はどこにあったんだろう?
どうせ、対抗心や嫉妬でいっぱいの豪炎寺にあったのだと思う。
可愛い顔して一之瀬は勝気だから。


「…うん!」

でも俺は半田が一之瀬の言葉を聞いて、嬉しそうにはにかんだのを見たから。
肩に置かれた一之瀬の手の重みに、喜びを噛み締めるように頷いたのを見たから。

だから心配なんてしていなかった。




着替えた一之瀬が、半田に会いに行くと言った時も。
一之瀬が半田に豪炎寺との事をはっきり聞いてくると言った時も。

ああ、どうせ馬鹿ップルが盛り上がる要素でしかないんだろうな、と思っていた。
どうせ盛り上がってイチャイチャしてくるんだろう、と。


だからその時の俺の心配事は、これから一人でどうすべって事だった。
本当に呑気にそう思っていた。

 

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