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二人して部屋に戻ると、そこはもう照明が落とされていて、
ベッドヘッドの間接照明だけが部屋を照らしていた。
「い、一之瀬…」
部屋が薄暗いってだけで、俺はもう十分逃げ腰になってしまう。
だってさっきまで居た部屋と同じ部屋だって思えない程雰囲気が違う。
生活感の無い部屋は、暗くなるとよく見えなくて更に生活感が奪われる。
ただ一つの光である間接照明は、オレンジ色の光でベッドを、ベッドだけを明るく照らし出す。
「明日も早いし、もう寝よう?」
それなのに一之瀬はそれが当たり前のように言ってくる。
「え、だって、俺、どこで寝れば…」
部屋の中にはやけに存在感を増したベッドしかなくて、
他に寝れそうな布団とかソファとかは勿論ない。
それどころか一之瀬の部屋にはクッションも座布団さえも無くて床で寝るのは難しそうだ。
「勿論、俺の隣」
一之瀬がそう言って俺の手を引く。
一之瀬が優しく笑いながら、俺の逃げ場を塞いでいく。
「ほらおいで?」
先にベッドに入ってしまった一之瀬が俺を呼ぶ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
・・・か、帰りたい。
ベッドサイドで立ち竦み、泣きそうになった俺の腕を一之瀬が急に引っ張る。
思いっきり引っ張られた俺は、体勢をくずしてベッドに倒れこむ。
そしてすぐさま俺の上に覆いかぶさってきた一之瀬に両手首をベッドに縫い付けられてしまう。
下から見上げる一之瀬は、いつもと見る角度が違うせいかなんだか雰囲気が違って見える。
なだらかな顎のラインが、くっきりと見えるし、
それに見下ろすように俺を見てて、なんだか一之瀬がすごく大人っぽく感じる。
俺を見詰める目も、
俺を押さえる手も、
一之瀬の何もかもが熱くて火傷しそう。
「ゃ、やだ…放せって」
それが怖くて、俺は一之瀬の下から抜け出そうと足掻きだす。
でも、力強い一之瀬の手は俺を簡単には逃げさせてくれない。
「半田」
ずっと無言で、抵抗する俺を押さえつけていた一之瀬が急に俺の名前を呼ぶ。
俺を呼ぶ一之瀬の声がいつもとちょっと違って、
俺は怖くて視線を合わせるのを避けていた一之瀬の顔を見る。
俺と目が合うと一之瀬はいつもみたいに笑った。
ただ、いつもだったら俺を愛おしそうに細める瞳が、
俺を見て不安そうに揺らめいていた。
もう、逃げる気にはなれなかった。
「半田が好きなだけなんだ」
そう告げる一之瀬の声は少し揺れていて、俺の胸を締め付ける。
一之瀬にそんな声を出させたのは、俺だ。
・・・さっきからずっと、拒んでばかりいる俺のせい。
「一之…」
「んっ」
俺が名前を呼ぼうと口を開いた瞬間、俺の言葉を塞ぎこむように一之瀬が唇を封じてくる。
俺の視界に一之瀬の閉じた瞳だけが映る。
・・・俺、今、キスしてる。
そう思ったら、一気に顔に熱が集まってくる。
あまりに長いキスに、俺の頭は沸騰寸前になってしまう。
一之瀬が随分長いキスをして、口を離した時、俺の顔は真っ赤に茹だっていたはずだ。
「半田が好きだ」
それなのに一之瀬は10センチ程離れた位置でそう呟くと、また顔を近づけてくる。
「んんっ」
またキスされる。
そう思った俺は思わず身構えてしまう。
でも、あんな顔であんな声した一之瀬を見てしまった俺はもう逃げることも出来ない。
ぎゅっと目を瞑って、奥歯を噛み締めてその瞬間を待つ。
「〜〜〜〜っ」
ぷにっとした感触が自分の唇でする。
目を瞑ると、こんなにも感覚が鋭敏になるなんて知らなかった。
一之瀬のしっとりとした唇の感覚がつぶさに伝わってきて、恥ずかしくって死にそう。
それだけでもいっぱいいっぱいなのに、一之瀬は俺の下唇を軽く甘噛みしてくる。
「んっ、…ふぁっ」
一之瀬が俺の唇を噛んだ瞬間、背筋をぞくぞくっとした感覚が走りぬけて、俺は思わず声を洩らす。
それまで固く結ばれていた俺の口が微かに開く。
「んんっ!?」
すると、一之瀬の舌が俺の口の中にぬるんと滑りこんで来る。
何これ、何これ、何これ!?
一之瀬の舌は俺の口の中で、何かを探して動き回る。
そして俺の舌に触れると、探し物が見つかったみたいに、
嬉しそうにぬるぬると絡みついてくる。
そんな風にされると、途端に頭の芯がぼやけてきて何が何だか分からなくなる。
そうされるだけで力が抜けて、脚の先からぐずぐずに溶けているようだ。
もう何も考えられない。
訳の分からないまま、俺は自分からもそのぬるぬると蠢く舌に自分のそれを絡ませる。
俺は一之瀬との初めてのキスにすっかり酔ってしまっていた。
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