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暫くしてドキドキが収まってくると、だんだんと寒さを感じてしまう。
いくらまだ残暑の厳しい季節とはいえ、俺は全身びしょ濡れでユニットバスの冷たい床にしゃがみ込んでいるんだから当たり前かもしれない。

このままだと一之瀬の言うとおり風邪引くかも…。

そう思いつつも、俺はまだドア一枚隔てた向こうに一之瀬がいる状況でシャワーを浴びることに決心がつかないまま、寒さに耐えかねのろのろと立ち上がる。

本当だったらこんな濡れた服は早く脱ぎたい。
熱いシャワー浴びて乾いたタオルで体を包みたい。

でもどうしても一之瀬が気になってしまう。


とりあえず体ぐらい拭こうかと頭を覆っていたタオルを取る。
視界が広がって漸くある事に気付く。

・・・ユニットバスにはトイレが付いているんだから、必ずドアには鍵が掛かるって事に。


「はぁ〜っ」

思わず吐いてしまった大きな溜息。
本当、我ながら必要ない心配をしてしまった。
だから一之瀬もあんなにきっぱりと覗かないって言ってたんだ。
「覗かない」じゃなくて「覗けない」だもんな。

なんだか急に馬鹿らしくなって、俺はそれまでの逡巡が嘘みたいに、
ぽいぽいと思い切りよく服を脱ぐ。
そして頭からシャワーのお湯を掛けた。
本当、無駄な時間だった…。



それから冷えた体温めて、顔洗って、体洗って、頭洗って、
って気付けば結構な時間、俺は風呂場を占領してた。
だからかも知れないけど、最後にもう少し温まりたいなーって思ってシャワーを浴びてる時に、一之瀬がドアをノックしてくる。


「半田ー?」

「なっ、なんだよ!?」

一之瀬の声は至って呑気なものなのに、俺はすぐ傍で声がしたってだけでビクーッってしてしまう。
返事もなんか変に裏返ってる。


「着替え渡し忘れてたから、ドア開けてー」

「おっ、お前それっ、絶対わざとだろ!?」

一之瀬の言葉に俺は思わず大きな声を出してしまう。
だって、どう考えたって理由が都合良過ぎる。
でも一之瀬は心外だって声で否定する。

「違うよ。
だって半田が中々出てこないから、あっ着替えが無くて出てこれないのかもって今気付いたんだし。
ほら早く開けて。
間違っても濡れた服なんてまた着ちゃ駄目だよ?」

「でっ、でも…」

一之瀬の真実味溢れる説得にも、俺はまだ納得出来ない。

だって、だって…。


「大丈夫だよ半田。着替え置くだけだから心配しないで。
半田は鍵開けてくれるだけでいいし、俺も中には絶対入らないから」

いつまでも渋る俺に、一之瀬は安心させるように言う。
目の前にあるぐっしょりの俺の服と、その言葉が俺の背中を押す。


「…絶対?約束する?」

「うん、約束する」

「…じゃあ、鍵開ける。
でも絶対中入るなよ!
それから俺がいいよって言うまで開けちゃ駄目だからな!」

俺のしつこいまでの念押しに、一之瀬がくすりと笑った気配がする。

「分かったよ」

そう言う一之瀬の声はなんだか子供に言い聞かすみたいな声で、ちょっとムカつく。
でも約束は約束だ。


俺は恐る恐るドアへ近づく。
一回長い深呼吸をしてから、覚悟を決めて鍵を開ける。
そして全速力で浴槽に戻ると仕切り用のカーテンを閉めてから、
尚且つ影も映らないように浴槽の中にしゃがむ。


「いっ、いいよー」

俺がドギマギしながら浴槽から顔だけ出して呼ぶと、ドアがほんの少しだけ開く。
そっと置かれる畳まれた服一式。
そしてドアはほんの一瞬でまた閉められた。

それは拍子抜けする程呆気なく、俺は数拍遅れてから、はっとして鍵をまた閉めた。


「じゃあ、早く出てきなね」

鍵が閉まる音の後を見計らって、告げられる一之瀬の言葉。
とすとすと遠ざかる足音が微かに聞こえる。


本当に一之瀬は覗かないって俺との約束を守ってくれた。

――紳士って言葉は本当なのかも。


俺は洗濯物特有のいい匂いのする着替えと、それから未開封のボクサーパンツを抱え、
つい口の端が上がるのを抑えられないでいた。


 

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