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「離せっ、離せよっ!!」

頭に血が上った俺は、がむしゃらに一之瀬の胸を叩いた。
胸を叩いても一之瀬は俺の事を離してはくれなかった。
痛そうに顔を歪めても、俺の事は離そうとはしない。

「半田、半田。
大丈夫だよ、半田は弱くなんか無い」

「嘘吐きっ!!」

痛そうに顔を歪めた一之瀬は、俺の叩く手を防ぐ為に掴む。
でも、俺の事は離さない。

「なんで嘘ばっか言うんだよっ!!
そんな一時しのぎの嘘なんて聞きたくないっ!!」

俺はその掴まれた腕を引き剥がそうと、思いっきり力を込める。
ぎりぎりと俺だけじゃなく一之瀬の腕までも力が篭って細かく震える。


「もうっ!!」

どうしても引き剥がせなくて、悔しくなって足をだんっと踏み鳴らす。
ばしゃりと足に水が飛ぶ。

「なんで離してくんないんだよっ!!
どうして嘘ばっか言うんだよっ!!」

「半田・・・」

掴まれた腕が痛い。
でも、こうやって痛いぐらい傍に居てくれるのは今だけなんだ。
この手だってすぐ離れていくんだ。
そう思うと、一之瀬をなじる気持ちが抑えられない。


「嘘言うぐらいなら、ずっと俺の傍に居るって約束しろよっ!!」

「・・・」

俺の今までと違う叫びに、ついに一之瀬が黙ってしまう。
黙ってしまった一之瀬と、
まだ俺の腕を掴んでいる一之瀬。
どちらが一之瀬の真意なのかなんて、俺には分からない。
ただ、このタイミングで黙ってしまった事が、
今までの一之瀬の言葉が全て、俺を落ち着かせる為の嘘に過ぎなかったって肯定してる気がした。

・・・嘘でも傍にずっと居るって言えないんだって思えた。


「ずっと居てよ。俺の傍に」

まだ一之瀬に腕を掴まれているのに、
まだ一之瀬の近くに居るのに、
それでも、もう距離を感じる。

もう怒りなんて持続出来ない。


「さっきね、俺、ただ自分の事考えたくなくて、
何もかもが嫌で、どうしていいか分からなかった時に、一之瀬が来てくれて。

俺、凄く嬉しかった。
こんな俺の事大切にしてくれる人がいるって。
一之瀬は俺の体の事も知ってるのに、俺の事大事にしてくれてるって。

それで思ったんだ。
…どうせ何をしたって、俺の体は思い通りになんてならないんだから、
もう気持ちに嘘をつくのは止めようって。
一之瀬の事、拒絶したってしなくったって何も変わらないんだからって。

それで…、
一之瀬とね、手、繋いだら、凄く楽になった。
一之瀬としゃべってたら、嫌な事忘れられた。
…ずっと、こうしてたいなって思った。

だって一之瀬の傍に居れば、
俺は余計な事考えなくて済む。
簡単に俺の頭は、一之瀬の事でいっぱいになる。

だから、ね、ずっと俺の傍に居てよ。
俺と一緒に居て、ね、お願い・・・」

俺の腕を掴んだままの一之瀬の手にそっと自分の手を重ねる。
もうこれ以上離れていかないように。

俺は濡れた目で一之瀬を見つめる。
またさっきみたいに痛いぐらい傍に居てもらう為に。


じっと見詰めた一之瀬の顔は、見慣れた優しい微笑みじゃなかった。
さっきからずっと厳しい顔のまま。
何を考えているのか分からない一之瀬の顔。


「それで、いいの?」

何を考えているか分からない一之瀬の答え。

「え?」

「それじゃ駄目だって、半田が言ったんだよ?
逃げても何も変わらないのに、って」

「あ・・・」

一之瀬の言葉に思わず目を見張る。
考えたくないこれからの事を考えていたら、自分でも気付かない内に、弱さに囚われていた。

誰かに頼ってばかりじゃ、いつか行き詰るのは目に見えているのに。
例え一之瀬がずっと傍に居てくれても、いつかは行き詰る日が来るのは分かりきっていたのに。

それを一之瀬の言葉が思い出させてくれた。
ちゃんと、俺の言葉を聞いててくれたんだって伝わってくる。


「俺、そう思える半田は強いって思ったよ。
そんな半田を支えたいって思った。
全部、嘘なんかじゃない」

一之瀬の顔は未だ厳しいままなのに、
さっきまでみたいに何を考えているか分からないとはもう思わない。

――真剣に俺の事考えてる顔だって分かったから。


だから一之瀬の言葉も、嘘じゃなくて本当なんだって思えた。


「それにね、俺は半田が普通じゃなくなるなんて思ってない。
半田が半田らしくあれば、いつまでも普通でいられると思うよ」


・・・それが例えどんなに嘘っぽく聞こえても、
頭から疑うのは止めようって思えるぐらいには。


 

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