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「半田・・・」

雨が降っているというのに、座り込んでしまった俺の頭上から一之瀬の声がする。

心の中の弱さを全て晒してしまった俺は、
もう、
一之瀬の言葉を遮る術が無い。
また逃げる気力も無い俺は、一之瀬の言葉を聞くしかなかった。

それがどんな言葉であろうとも。

俺は一之瀬の言葉が怖くて、ぎゅっと目を瞑る。
一之瀬が俺の弱さを知って、俺の事をどう思ったのか知るのが怖かった。


でも、続けられた言葉は、俺が考えていた言葉のどれとも違っていた。


「半田、何かあったの?
今日、部活休んで、何してた?」

「え?」

一之瀬の言葉には、非難も、軽蔑も、俺が恐れたどんな響きも込められてはいなかった。
それどころか一之瀬の言葉には俺を気遣う響きが溢れてる。



「何かあったんだよね?
なんだか半田らしく無い」

「俺、らしくない?」

予想外だらけの一之瀬の言葉。
俺は一之瀬の言葉の意味は分かるのに、意図が分からなくて、思わず顔を上げる。


――優しい、俺の見慣れた一之瀬の顔。


「うん、半田らしく無い」

目が合うと、一之瀬は微笑んだまま俺の腕を掴む。
その優しさ以外何も混じっていない一之瀬の行動に、
俺は拒むことも出来ずに引かれるまま立ち上がる。


「嫌な事から逃げたいって思うことも、
誰かに頼ることも、
好きな相手から好かれる為に、どんなことでもしたいって思うことも、
好きな人が居なくなっちゃうって分かってショック受けることも、
全部当たり前のことだよ?
全然変なんかじゃない、普通の事だ」

「ふつう?」

一之瀬は微笑んだまま、俺を見詰めて言う。

「うん、普通。
…半田に普通を語るのって、円堂にサッカーの楽しさを力説するような恥ずかしさがあるね」

そう言って少し照れて笑う一之瀬は、
俺が断腸の思いで自分の弱さを告白した後だとは思えない程いつもどおりで、
というより少し上機嫌な様子さえあって俺を混乱させる。


「ふつう…なら、俺らしい」

俺はどうしても一之瀬の言葉が受け入れ難くて、…普通に思えなくて、反論を試みる。


「うん、普通が半田らしいよ」

でも、俺の弱弱しい反論ぐらいじゃ一之瀬は揺るがない。


「半田はさ、本当に普通だよ。
男同士の恋愛が認められなくて、必死に俺を避けてみたり。
俺が手を握ると、ほっぺを赤くして俯いて少しだけ嬉しそうに笑ったり。
シュート練習より、得意なパス練習ばっかりしちゃうところとか。
チャーハンが好きなのに、最近のお弁当はグリンピースご飯ばっかりでうんざりしてるところも。
半田の全部が普通で、
可愛くて、
愛おしい」


一之瀬の言葉の中に居た俺は、本当に普段の俺で。
言葉の中の俺は、きらきらとした優しい一之瀬の愛情に包まれていた。


「だからね、今の半田は、半田らしくない。
思う気持ちは普通なのに、普通じゃない行動をして、
普通を拒絶する半田は、半田らしくない」


俺は、その一之瀬の言葉の中の俺に嫉妬していた。
その俺が、今の俺と同じになんて思えない。
こんなに濡れて、弱さや狡さがいっぱい詰まった今の俺とは全く別に感じる。

それにほら、一之瀬だって俺らしくないって言っている。


それなのに、一之瀬の俺を見る目は、凄く優しい。
一之瀬の言葉の中にしか存在しない俺を見るように、今の俺を見詰めている。


「ねえ、そんな風に半田を変えたのは何?
なんで半田は半田らしくなくなったの?
俺はそれが知りたい。
少しでも半田の力になりたいから」

その目が、本当に優しくて、
俺は、弱くて狡い今の俺さえも、
一之瀬のきらきらとした優しい愛情で包まれている気がした。


・・・それだけで、行き詰った気持ちに光が射す。


そして俺はまだ、話していないことがあることに気が付いた。
俺が自然と考えないように頭の端に仕舞ってしまった事。

――俺が逃げたいのは何かって事。


 

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