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「なんで…そんな…」
驚きが滲んだ一之瀬の呟き。
俺は、一之瀬の言葉を遮るように言葉を続ける。
一之瀬はどんな言葉を続けるつもりだったんだろう。
非難?軽蔑?それとも、哀れみ?
未だ一之瀬の顔さえ見れないのに、一之瀬のどんな言葉だって怖くて聞けない。
顔を背けたまま、一之瀬が口を開くのが怖くて、
追われるようにべらべらと自分の醜い部分を曝け出す。
「しかも全部、自分で気付いて無かった。
一之瀬に逃げ込もうって思ってることも、
少しでも一之瀬に傍に居てほしくて、一之瀬が喜ぶなら何でもしようって思ったことも、
全部自分でも無意識で、全然自覚なんてなかった。
多分、何も無い一之瀬の部屋を見なければ、ずっと気付かないままだった」
話しながらも、俺の頭に、あの何も無い部屋が蘇ってきて、怖くなる。
「俺、一之瀬がすぐ居なくなっちゃうって思ったら・・・」
そしてすぐ今度は、こんな風に、俺の弱さや狡さを晒すことで、
一之瀬に嫌われる恐怖が今更になって涌いてくる。
自分の弱さや狡さに嫌気が差して、話し出したのに、
それでも嫌われたくないと、俺の中の弱さが暴れだす。
「・・・一之瀬じゃ駄目だって思った」
俺は目を瞑って恐怖を堪えて言葉を吐き出す。
「一之瀬に逃げても、すぐ居なくなっちゃうから駄目だって思ったんだ」
「俺は弱いから、一之瀬に守ってもらう事覚えたら、きっと一之瀬無しじゃ居られなくなる」
「そしたら俺どうなるんだろうって」
怖くて、怖くて、
言葉を吐き出すことも怖いのに、
沈黙することさえ怖くなってどんどん口から溢れてくる。
「他の人、探すしかないのかなって…」
ぽろりと出た言葉は、口にしてしまうと自分でもショックで、
誤魔化すように次々と言葉が出てくる。
「それで、やっと気付いた。初めて自分の弱さに」
「それで思った。俺、何やってんだって。
…そんなこと、無理なのにって」
「今までだって土門に頼ってて、
それにちゃんと応える事だってしてないのに」
「今度は逃げるように一之瀬に頼ろうとして」
「それなのに一之瀬が居なくなった後の事まで心配して」
「こんなの自分勝手すぎる」
「人に頼ってばっかりの自分が嫌だ!」
「逃げて、逃げて、最後にはこうやって行き詰って!!」
「逃げたって、何も変わらないのに!!!」
どんどん膨らむ風船みたいに、
どんどん口から黒い感情が溢れて弾けた。
そう、自分でももう気付いてる。
――逃げたって変わらない。
俺の性別も、一之瀬への恋心も…――
どんなに頑張ったって、俺の性別が変わらないように、
どんなに一之瀬が居なくなってしまう事が怖くても、一之瀬以外に好きな人間なんて出来ない。
一之瀬の傍に居れば、俺は嫌な事を忘れられる。
でも、それは期限付きで。
期限が来れば、もう誰にも頼れないのに、俺は今まで以上に弱い自分を抱える事になる。
それが堪らなく怖い。
怖いから傍に居たいのに、
どんどん弱くなる自分が怖くて傍に居られない。
逃げ出したいのに、どうすれば逃げれるのかそれさえ分からない。
だから逃げ出した。
こんなぐちゃぐちゃな気持ちのまま、
一之瀬と繋がってしまったら、俺はきっと駄目になる。
今まで頼っていた土門にもこんなズルイ自分を言えなくて、
一人で抱えきれずにきっと駄目になる。
「一之瀬ぇ…。
俺、怖いよぉ…。
もう、どうしていいのか分からない」
俺は自分でもどうしたいのか分からないまま、崩れるように泣き出した。
・・・雨はまだ止まない。
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