21



頭がごちゃごちゃな俺の足は、上手く動いてくれなくて、
些細な段差にも簡単によろめく。
転びそうになりながらも、なんとか雨が降りしきる外へ飛び出す。

ウィークリーマンションの敷地から出ると、今度は心細さで走る速度が弱まる。
細い路地は、さっき一之瀬に手を引かれて初めて走った道で、
一人になってしまうと帰り道なんてわからない。
並んでいる住宅はどれも一緒に見えて、どこで曲がれば河川敷に出るのかなんて予測出来ない。


「〜〜〜〜ッ」

そんな事さえ「駄目」な証拠に思えて、苛立ちが募る。
持っているボールを思わず投げつけたくなるのをぐっと堪えて、もう一度辺りをきょろきょろと見渡す。

そして、俺は目の端で捉えた。
俺に向かって凄いスピードで走ってくる一之瀬の姿を。


「ッ!!」

俺はその必死の形相に、そう形相としか言い様の無い程真剣な顔した一之瀬に思わずぎくりとしてしまう。

「ぅあ…っ!」

でもすぐ、このままでは一之瀬に捕まってしまうと気付いた俺は、もう一度走り出す。

道なんか分かんないまま、それこそ無我夢中で走る。
方向があってれば、川なんか長いんだからいつかは俺が知ってる場所に辿り着くだろうぐらいの勢いで我武者羅に走る。


ただ我武者羅に走り、住宅街を抜け、河川沿いの土手が見えたところでついに腕を掴まれる。

「ッはぁ!な…んでっ、逃げ…っの?」
弾む息の合間に尋ねてくる一之瀬。


「ねっ…無理って、な、っに?」
でも俺の口は不足した酸素を求めて短い呼吸を繰り返すだけ。


「なんでっ…何も、言わない、の?」
一之瀬の口調が少し苛立ったものへと変わっていく。


「まだ無理って、こと?」

体は降りしきる雨で少しずつ冷めていくのに、掴まれた腕だけがいつまでも熱を放つ。
そして、一之瀬の口調もどんどん熱を孕んでいく。


「どこに逃げる気だったの!?
・・・もしかして、土門のところ?」

『土門』という言葉にどくりと体が波打つ。

土門の名前に反応した俺に、一之瀬が驚いたように目を見張る。
そしてすぐ何かに耐えるように歪んでいく顔。


「なんで!?
俺、半田の為に待ったのに!
半田が俺の前で土門に甘えるのも!
半田の視線が俺から逸らされて土門に注がれるのも!
全部我慢したのは半田の為だったのに!
我慢できたのは、半田が俺の事好きだと思ってたからだったのに!
半田の心の準備が出来るまでって…。
やっと準備出来たんだって思ったのに。
それを、今更…!!」

ぎゅぅっと痛いぐらいに掴まれた腕に力が込められていく。
痛みで顔を顰めると、俺以上に痛そうな顔した一之瀬の顔が寄せられる。


「ねえ、俺じゃ…駄目?
俺じゃ…頼りない?
俺、半田の事好きだよ?
凄く大切にして、俺が半田の事守る。
・・・だから俺を受け入れて」

俺の心を蕩かすように沁みこんで来る甘い囁き。
そして引き寄せられた一之瀬の暖かい腕の中。


俺の中で、また弱さが蠢く。


この居心地の良い場所で。
一之瀬に守られて。
何も考えないで、ただこの初めての感覚に溺れてたい。


でも…『駄目』だ。

さっきの辛そうな一之瀬の顔も、
吐き出された今までの我慢も、
全部俺の弱さのせいだって、目が覚めた今なら分かるから。


だから、俺は一之瀬の胸を押し返す。


「…こんなの駄目だ」

はっきり告げようって思うのに、一之瀬の顔が見られない。


「だってこんなの言えない」

言葉にしてしまうと、自分の弱さや狡さが、更にくっきりと浮かび上がる。


「俺、土門と約束したのに。
一之瀬の事、好きだって思えるようになったら全部話すって。
土門みたいに、俺も笑って話せたらいいなって」

それなのに、それなのに・・・。

涙がせりあがってきて、一旦口を噤んでぐっと堪える。
でも、言葉を続けようとして口を開いた途端に溢れて零れる。


「こんなの笑って話すなんて絶対出来ない。
こんな・・・。

…全部どうでも良くなって、
一之瀬に頼る為に、媚びるように自分の体まで使おうとしたなんて、
いつまで経っても笑って話すなんて出来っこない」


 

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