18



「半田!…良かった」

そう言ってほっとしたように顔を綻ばせたのは、確かに一之瀬で。
その事に気付いた瞬間、薄暗い中でもそこだけ光を持ったように目が引き寄せられる。

・・・ああ、もう。

今は部活が終わって、大分経った時間で。
こんな所、偶然通りかかる訳ないし。

・・・なんでコイツはこんな所に居るんだ?


一之瀬の姿を見ただけで、なんだか泣きそうになってしまった俺は、
ボールを持つ手に力を込める。
足も固まってしまって動かない。
周りを見渡したって、土門なんて居る訳なくて、どこを見ていいかさえ分からない。

俺が困惑している間に、一之瀬はどんどん俺の方へと近づいてくる。


「あ〜、こんなに濡れて。
足には草の切れ端がいっぱいくっ付いてるし、早くどこか雨宿り出来るような所へ行こう」

一之瀬はボールを傍らに置いて、俺の前にしゃがむ。
俺の脚に絡みついた草の切れ端を取ってくれる気だと気付いた俺は、
慌てて一之瀬から一歩後ずさる。

こんな状態で一之瀬に触れられたら、どうなってしまうか自分でも分からない。


「やっ、…な、なんでっ・・・?」

俺の怯えた態度を一之瀬は思いっきり誤解したようで、
しまったって顔で俺から一歩遠ざかる。
俺と一之瀬の間に二歩分の距離が出来る。

「ゴメン。
プレッシャーになるから二人きりになるなって土門に言われてたんだけど、
こんな大雨の中、藪に入っていくからつい…」

「え…?」

入っていく…って、え?

「…ずっと、見てた?」

俺が怪訝な表情で訊ねると、一之瀬は失敗を咎められたって表情で頷く。

「え?え?…だって、いつから?」

一之瀬の姿はジャージ姿で、ボールがあって、
向こうの方には大きなスポーツバッグまであるのに傘は無い。
雨が降ってから来たようには見えなかった。


「えっとー・・・最初から?」

誤魔化すように笑って首を傾げる一之瀬。
その姿に眉を寄せた俺を、一之瀬はあちゃ〜っと顔を顰めてから、
一回だけ深い溜息を吐いた。
そうして顔を再度上げた時にはもう、潔い顔をしていた。


「ずっと、見てた。半田の事」

…やばい、一之瀬の真剣な目から目が離せない。
目、合わせちゃ駄目なのに。
早く、逸らさなきゃ駄目なのに。


「半田が自主練始めた時から、ずっと。
こんな人気の無い場所で、夜遅くまで一人で練習する半田の事が心配で」

…それなのに、目、離せない。
離したくない、って思ってしまう。
俺の事を熱く見詰める一之瀬から。


「今日も半田が来ればいいなと思いながら、習慣でここに来てた。
来てくれた時は嬉しかった。
なんだか想いが通じたみたいで。
…って、ごめん、ストーカーぽくって」

一之瀬はこんなの格好悪いよなって困った顔して頭に手を遣りながら笑った。


そのいつもより少し格好悪い一之瀬を見て、俺は思った。

――ああ、ずっと、俺は守られてたんだなぁ
って。


俺が男らしくなる為にしてた練習は、影で一之瀬に守られていることで成り立っていて。

俺が男でいる為に一之瀬を遠ざけていた行為の全ては、
今日全部意味が無かったって数字となって証明された。


――じゃあ、もういっか。


もう無理する理由なんて、俺の中には見当たらない。

ドキドキする胸も、
熱くなる頬も。

俺の意思とは別の働きをするのは、何も胸や頬だけじゃない。
体全部がそうじゃないか。
俺はそれを受け入れるしか術が無い。
なら・・・。


俺は一歩、一之瀬に近づく。
まだ少し困ってる一之瀬を見て、少し笑ってしまう。

――俺って、少し格好悪いぐらいの一之瀬に弱いのかな。

そう、思ってから気付く。

――そっか、一之瀬が格好悪い時って全部、俺の為だからか。

それに気付いて、また一歩。


「半田ぁ!?」

一之瀬のビックリした声に、やっぱり胸がドキンってなる。
うん、俺、一之瀬は少し格好悪いぐらいが弱いみたいだ。
や、ドキンってしたのは繋いだ手のせいかな?

一之瀬を見れば、頬が熱くなる。
一之瀬と手を繋いでるって思うと余計。
でも、熱い頬のまま一之瀬を見ていれば、
だんだんと一之瀬だって顔が赤くなってくる。

そうすると胸がドキドキってよりじんわりと嬉しくなって。

ああ、なんだ。
自分を見失うほど一之瀬にドキドキしたら、こうすれば良かったんだ。

対処法をやっと見つけた俺は、また少し笑う。


「ね、雨宿り、どこでしようか?」


 

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