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俺はその日から生理だけじゃなく熱も出て寝込んでしまう。
熱で浮かされ、繰り返し繰り返し鬼道の夢を見る。
夢の中の鬼道は、決まって俺を物扱いするくせに、必ず俺の顔を優しく撫でる。
そのときだけ何故か鬼道はゴーグルをしていなくて、俺を慈しむ様に目を細める。
でもそれは一瞬で、次の瞬間にはいつものゴーグルをした鬼道が薄笑いを浮かべていた。


結局、俺はまるまる一週間も熱で学校を休んでしまった。
今までも生理で結構休んでたから、出席日数の関係でこれ以上気安く休めなくなってしまった。
滅茶苦茶学校に行きたくはなかったけど、熱が下がった日から俺はちゃんと登校する事にした。
つーか、親に学校へ行けと追い出された。


朝錬をサボった俺のところに、休み時間にわざわざ円堂がやってくる。
俺の体調を心配し、午後の練習には必ず出るようにと何回も念を押される。
その相変わらずのしつこさに辟易して、俺は部活に行くことを円堂と約束してしまった。
当然、部活には鬼道がいるはずなのに…。

俺はまだ鬼道とどんな顔をして会えばいいか分からなかった。


俺がいつ鬼道に会うかどきどきしながら部活に行くと、俺が気づくより先に鬼道の方から声を掛けられた。
後ろから声を掛けられ、振り向くと円堂と一緒に部活に向かう途中らしい鬼道がいた。


「もう、大丈夫なのか?」

そんな当たり障りのない会話を平気でしてくる鬼道の神経が分からない。
俺が何も言えず睨んでいると、鬼道は困ったように笑った。


「今日、この前の続きをするから部活の後残ってくれ」

困った顔なのに、吐き出された言葉は困惑とは無縁の内容だった。
「次」っていう言葉を俺は歯牙にも掛けてなかったけど、鬼道の方は本気だったんだ。
あの時聞いた「珍しいもの」って言葉がまた脳裏に蘇ってきて、俺を蒼白にさせた。


「なんだ、この前の続きって?」

鬼道の隣にいた円堂が、固まってしまった俺に気づかず訊ねた。


「ああ、先週の土曜にちょっとな。
半田と選手データのことで意見の食い違いがあったんだ」

鬼道も、微塵の動揺も見せずに答えてる。
なんて恥知らずなヤツなんだ。
図々しい。
俺は鬼道を殊更強く睨みつけた。


「うへ、データのことかよ。
俺、そーゆーの苦手だからパス!」

「まったく、キャプテンであるお前がそんなんでどうする」

二人は俺を置いたまま、いつもの調子で話ながらグランドへ向かう。

途中でチラリと俺の様子を鬼道が確認するように視線を投げた。
なんとなく俺は、俺が逃げずにちゃんと残るように、鬼道はわざと円堂の前で声を掛けたような気がした。


案の定、部活が終わって円堂に
「あんまり遅くまで残るなよ」
と声をかけられ、外堀が埋まるのを感じた。
でも、俺だっていつまでも無策でいるわけじゃない。


「…なんで豪炎寺がいるんだ?」

ロッカーに寄りかかるように腕を組んでいる豪炎寺を見ながら、鬼道は不機嫌そうに訊ねた。
よしっ、とりあえず危険回避成功だ。
俺は内心ほくそ笑む。


「お前と二人っきりよりいいだろーが」

「…俺はこの前の続きをすると言ったんだぞ?
バレて困るのはお前だろう」

俺が得意げにそう言うと、鬼道は声を潜めて俺を脅すみたいにそう言った。


「豪炎寺は知ってるから、いいんだよーだ!!」

べーっと俺が舌を出してそう言うと、鬼道が少し眉を顰める。
たぶん自分の悪行のことだと思ったんだろう。
そうだそうだ!お前のした事は犯罪行為だぞ!
少しぐらい焦ろっつーの。反省しろ、ばーか!!


「半田の体のことなら俺も知ってる」

あちゃー、あっという間にネタバラしされちゃったか。
豪炎寺が静かに口を開く。


「そうか」

豪炎寺が知っているのは鬼道のことじゃなく体のことだって言ったのに、にこりともせずに鬼道が言う。
可愛くないヤツ。
しかも鬼道はすぐさま頭を切り替えたみたいだ。


「なら話は早い。
コイツは自分のことを極力隠そうとするが、俺は必要最低限には話して協力を仰いだ方がいいと思う。
お前はどう思う?」

今日も俺を襲うのは諦めたのか、すっぱりと会話の流れを俺の秘密対策会議に方向修正した。


「俺は、半田の意思を尊重したい。
半田自身のことだからな」

鬼道の問いに躊躇せずそう言い切る豪炎寺は、それだけで心強くかっこいい。
身の安全が確保できたのもそうだけど、それ以上にコイツは味方なんだって実感できて胸が熱くなる。
無理を言って今日残ってもらったのは、本当に良かった。
俺は豪炎寺のあまりの格好良さにちょっと感動してしまった。


「そうは言うがコイツに任せてたら、遅かれ早かれ皆にバレるぞ。
何も考えず毎月生理になると休むなんて、これ以上続けられる訳が無かろう」

「じゃあ、お前は何か良い考えがあるのかよ!?」

それに引き換え、鬼道のこの言い草。
俺は小馬鹿にしている鬼道に噛み付く。


「だから、協力を仰ぐ。
・・・雷門夏未にな。
アイツなら学園に融通が利くし、もしものとき味方にいると助かるからな」

「……」

想像以上にちゃんとした答えが鬼道から返ってきて、俺は言葉に詰まってしまう。
…なんかちゃんと俺のこと考えてくれてるんだよな、コイツも。
ついそう思ってしまってから、俺は慌てて視線を逸らした。
そうしないと、あの時に見たゴーグルの下の瞳を思い出してしまいそうだったから。
コイツはどこまでも酷い奴で、その思いが少しでも揺らぐのが怖かった。


「でも、女の子に話すのかぁ…」

変な考えを振り切るように一回大きく頭を振ってから、俺は小さく呟く。
今知っているのは偶然バレてしまった二人だけだし、自分から女子に話すのは気が引ける。
「俺、生理あるんだ!助けてー!!」なんて言いづらいよ、やっぱ。


「次の生理まではまだ日がある。
よく考えてみるんだな。
少なくとも、次は学校を休むな。
4回目ともなると、俺みたいに気づく人間が出てこないとも限らない」

迷う俺に鬼道がきっぱりと言ってくる。
豪炎寺に助けを求める様に見ると、鬼道の言葉を後押しするように頷いた。
それを見て、俺は溜息と共に頷いた。


「……分かった。考えとく」


その日の話し合いはそれで終わりになった。
結局は俺自身がどうするか、どうしたいかってことなんだと思う。


帰り支度をしている二人を見る。


鬼道は嫌な奴だけど…。
頭が切れるし、とりあえず俺のことは秘密にしてくれるし、ちゃんとバレないように考えてくれるみたいだ。
豪炎寺は最初から変わらず、一番の頼りになる味方だ。

この二人が味方だと思うと大分心強かった。


鬼道が部室の鍵を閉めると、その鍵を俺に手渡す。


「お前の為に残ったんだから、お前が片してこい」

この前の土曜は自分で片付けてたのに、今日は俺にやらせようとする。
ヤれなかったからって態度変わり過ぎだろ。
ふっ、ざまあ。


「分かった。それぐらいやってやるよ」

俺は無事鬼道を撃退できた嬉しさで、上から目線で鍵を受け取る。
こんな小さい仕返ししてくるなんて、鬼道も小さい男じゃないか。
俺は一緒に行こうって言ってくれた豪炎寺を断り、上機嫌で走り出す。


「じゃ、また明日なー」

ぶんぶんと鍵を持った手を振りながら、二人に別れを告げた。



 

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