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次の日、影野君は鉢植えを抱えて学校に向かいました。
でもそこで、はたっと気づいてしまったのです。

……どうやって渡そう?


サッカー部のロッカーは鍵が掛かるので勝手に他の人のを開ける事は出来ません。
うーん、と考えた影野君は仕方なく松野君の教室に向かいました。
机の上にでもこっそりと置いておこうと思ったのです。

廊下から松野君のクラスをこっそりと覗きます。
都合の良い事に松野君は教室にはいないみたいです。
影野君はプレゼントを置くなら今のうちだと思いました。
でも、松野君の席がどこかさっぱり分かりません。
席順なんて教室のどこにも書いてありません。
困った影野君は教室のドアの傍に居た女の子に声を掛けます。


「あの〜…」

当然のように影野君の呼びかけは無視されます。
影野君の声はとても小さく不明瞭なので、とても近くに寄らないと気づいてもらえないのです。
ですが流石に全く面識の無い相手の肩を叩いたり、耳元で声を掛けるのは影野君には無理のようです。
仕方なく影野君は気づいてもらえるまで色々な人に声を掛けます。
でも呼びかけどころか影野君の存在自体中々気づいてもらえません。
その内にたったそれだけだというのに声も枯れてきて、更に声も小さくなってしまいました。
影野君がどれだけ普段声を出していないかが窺がえます。

影野君が誰にも気づいてもらえないでいる内に、松野君が甘そうなお菓子を抱えて教室に入ってきます。

影野君は慌てました。

今日の影野君はこっそり隠密行動を心がけていたからです。
生まれて初めて気配を消したいと影野君は願ったのです。
だって松野君に気づかれるピンチであると共にこの上なく松野君の席を知るチャンスでもあるのです。
誰かに教えてもらう事に心が折れていた影野君は逃げ帰る訳にはいかないと決心したのです。
影野君は鉢植えを抱え、黒板の傍でひっそりと息を潜めました。
これで余程の事がない限り自分に気づく人はいないと影野君は思いました。


息を潜めて見つめる松野君の姿は影野君の心を楽しませるものでした。
松野君の行動は影野君にとって予想外でした。
掃除用具入れの上部は松野君の私物入れに改造されていました。
松野君はチュッパを咥えながらそこから教科書を取り出します。
影野君は思いました。
じゃあ机の中とロッカーには何が入っているんだろう、と。
共有物の私物化が許されてる松野君はすごいなぁと影野君は感心したようですが、
掃除をしないのに掃除用具入れを私物化する松野君は実はクラスの皆から非難轟々なのを気にしていないだけでした。

次は机に向かうと思ったのに、松野君は窓際でしゃべってる女の子達の輪に加わります。
どうやら新しい髪形にした子をからかってるみたいです。
影野君は思いました。
松野君は皆の人気者ですごいなぁと。
ちょこっとだけ女の子と笑ってる松野君にちくんと胸が痛んだ気がします。
影野君はそれを人気者の松野君への嫉妬だと思い、自分もまだまだだなぁと反省しました。

影野君は少しにぶちんでした。


気づくと始業のチャイムが鳴っています。
影野君は慌てて自分のクラスに戻りました。
結局松野君の席は分からないままです。
それなのに影野君の顔には微笑みが浮かんでいます。

……席が分からなかったから、また松野のクラスまで見にいかなければならないな。

にぶちん影野君は松野君の日常を眺めて楽しんでいる自分に気づいていないみたいです。
気づかなかったのは影野君にとって幸せな事でした。
だって影野君ならその気になれば相当凄腕のストーカーになれてしまいます。
犯罪者への入り口に足を踏み入れるかどうかの瀬戸際でした。


次の休み時間もその次の休み時間も影野君は松野君のクラスへと向かいます。
席を探る為なので、鉢植えは自分のクラスの窓際に置きっぱなしです。

影野君はその日だけじゃなく、その次の日も、その次の日も松野君のクラスに通いました。
もう席の場所は特定できたというのに、なんだかんだ理由をつけては松野君のクラスに通っていました。
もしかしなくても影野君は犯罪者の入り口につま先ぐらいは踏み入れているかもしれません。


影野君が気づいた時には既に松野君の為に買った鉢植えはクラスの花となっていました。
既に花の最盛期を過ぎ、プレゼントには適さなくなっていたのです。
影野君はクラスの掃除係だけじゃなくクラスの花係りにもなってしまいました。
掃除&花で最早美化委員同然です。
勿論、クラス非公認です。
本物の美化委員は他にちゃんといますが、影野君の方が仕事の量や質は上です。

次の花を買おうと思った影野君は決心したのです。

……もう席も分かったんだし明日こそはちゃんとプレゼントしよう。

と。

プレゼントを渡そうと思ってから、既に一週間以上が経過していました。

何度でも言いますが、影野君は何事にものんびりさんでした。
余談ですがサッカー部も既に廃部の危機は脱していました。


 

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