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「ねえ、さっきすれ違った子がボクの代わり?
全然顔似てないじゃん。
仁てばボクの顔は好きじゃなかったの?」

四年前と変わらない顔でマックスが不機嫌そうに言う。

なんでマックスがここにいるか分からない。
もしかしたら自分の妄想かも知れない。
だって自分の知っているマックスと全然変わっていない。
帽子も髪型も、自分を呼ぶ声の調子さえ。


「…好きなのは顔だけじゃないから」

目を閉じたら消えてしまいそうで瞬きさえできない。

「ふ〜ん、過去形じゃないってことは、まだボクのこと好きなんだ」


にやりと笑ってマックスが言う。
自信たっぷりに自分の方へ歩み寄る。
その自信に溢れた表情も自分が大好きな表情の一つだった。
その表情が幻でなく自分の目の前にある。
手を伸ばせば触れられる程近く。


「あの子とはもう寝たの?
さっきの仁、誘ってる時の声だったもんね。
顔も隠してないし」

自分を揶揄するマックスの言葉に顔が火を噴いたように熱くなる。


「…何しに来たの?」

恥ずかしさで目を逸らしたいのに、愛しさがそれに勝る。
目も逸らせず、全身がマックスに支配されたみたいに動けない。


「仁を止めにきた」

自分の手元にある香水の小瓶を弄りながら自分の方は見ずにマックスが言う。

「半田がさ〜、泣きついてきたんだよね。
仁が馬鹿なことやってるから止めてくれ〜ってね。
仁てば結構頑固だから半田じゃ止められないよね。
暴走している仁を止められるのは、それこそボクぐらいじゃない?」

マックスは小瓶のラベルを見ては蓋を開けて匂いを嗅いでいる。
その中の一つにマックスが昔使っていた香水と同じものを見つけて、やっと自分の方を向いた。


「これ、懐かしいな。
昔、仁にクリスマスプレゼントで貰ったヤツだよね?」

懐かしそうに笑う姿に思わず笑みを返すと、マックスの笑みが消えて急に真面目な顔をする。


「ねえ、ボクが必要ならなんでボクの手を離したの?
なんでボクが好きなのに、ボクじゃなくてボクの贋物を傍に置くの?」

影野が逃げないようにマックスが腕を掴む。


「答えなよ、仁!!
それともまた外国にでも逃げる?
別れの手紙だけ残してボクから逃げたあの時みたいに」

影野を怒りで目を輝かせて睨みつける。


「ボクはね怒ってるんだよ、仁。
仁はいつもそう。
いっつもすぐ悪い方に考えて、一人で突然突拍子もないことを始めるんだから。

高校入試の時だって、ボクが気づかなかったら大阪の全寮制に行くつもりだったでしょ。
関西のノリなんて仁にはちっとも似合わないのに、
高校に進学したらボクと距離ができると思って、自ら思いっきり距離を置こうとしたでしょ。
そんなの同じ高校に行けば済む話なのに。
大学の時だってそうだよ。
高校の時、あれだけボクが言ったのにまた全く同じことしようとしたでしょ。
極めつけは四年前だよね。
少しボクが女の子と仲良くなったからってすぐ悲観して、折角決まってた就職まで蹴って留学するなんて馬鹿すぎる。
あの時は何を心配してたの?
まあ、仁のことだから大方男の仁といつまでも付き合うよりも、
女の子と普通の結婚した方がボクが幸せになれるとか思って身を引いたとかじゃないの?」


図星を指され影野の顔が赤らむ。


「やっぱり!そんなツマラナイこと考えてたんだ。
馬鹿だよね〜、ボクの幸せはボクが決めるのに。
それにさ、半田から全部聞いたけどボクと別れた後も馬鹿なことばっかしてたんだって?
手当たり次第に男を誘うなんて馬鹿だよ。
しかも半田まで誘って。
あ〜、馬鹿、馬鹿、馬鹿。
ほーんと馬鹿。
で、今は中学生を相手にしてんの?
しかも自分の生徒なんて何考えてんの!?
仁は馬鹿だよ。
大馬鹿だ!!」


マックスの罵倒に影野はめっきり萎れてしまう。

マックスに嫌われたくなくて、
マックスに疎まれる前に自分がした行動は全て、マックスを怒らせるだけだった。
こんな風に嫌われたくなくて、四年前もわざと手紙で別れを告げ、
簡単に会えないように外国まで行ったのにこれでは意味が無い。
優しく楽しかった思い出だけに囲まれていたいと思ったのに、
これじゃマックスのことを思い出す度に今日のことまで思い出してしまう。
影野は掴まれた手を剥がそうと腕を揺すり出す。
マックスの手を反対の手で掴み、剥がそうとする。


「もういい!もう分かった!
今やってることも全部止める!
だから帰って!
俺を嫌うマックスなんて、俺は必要ない!
もうこれ以上そんなマックスを見たくない!!」

マックスの手を引き剥がし影野がそう叫ぶと、
マックスが今度は体ごと影野を引き寄せる。


「ボクは帰らない。
仁がどんなに嫌がっても、ボクはもう仁から離れないことに決めたから。
ボクが目を離すと、すぐ仁は変なことするからね。
ボクの知らない所で仁がまた馬鹿なことしてないかいっつも心配してるより、
これからずっとボクが見張ってる方が全然楽だもん」

影野の体に抱きつき怒ったまま、そうマックスが言う。


「いい?これからはボクの目の届くところに必ずいるんだよ?
朝起きて目を開けた時、仁が隣にいなかったら許さない。
ご飯食べる時も、テレビ見る時も、買い物する時も、いつでもボクの見える所にいなかったら許さない。
仕事中は仕方ないけど、それ以外はずっとボクと一緒にいること。
分かった?言っとくけどこれは命令だから」

「え、あの…それって…」

「もうっ!これだけ言っても分らないなんて仁は本当に馬鹿っ。
ボクと一緒に住もうってこと!」


力一杯抱きついてくるマックスから懐かしい匂いがする。
香水の匂いなんかじゃない本当のマックスの匂い。
中学から変わらない、自分を安心させるマックスの匂い。


「ねえ、俺のこと嫌いになったんじゃないの?」

自分に抱きついてくるマックスの首筋に顔を埋める。


「嫌いだよ。
馬鹿なことをしている時の仁はね」

マックスが擽ったそうに体を捩る。
声ももう怒ってない。
恐る恐るマックスの背に手を廻すと、驚くほどしっくりと自分の胸に納まる。
四年の年月など無かったみたいに。


「ねえ、沢山の贋物とたった一つの本物。
仁はどっちが好き?」

その言葉で今まで大切だった贋物たちが輝きを失っていく。


「そんなの聞くまでも無いでしょ」

自分がそう答えると、マックスが体を離してもう一度質問してくる。


「じゃあ、今のボクと中学の時のボク。
仁はどっちが好き?」

マックスらしい悪戯っぽい顔してそう訊ねる。


「中学生がボクの代わりってことは、仁は相当中学時代のボクが好きってことだよね?
大人のボクじゃ勝てないかな」


自分が答えられないって分ってて困らせる為にわざと訊いてるのが、すぐ分る。
そのくせ自分の気にいらない答えが返ってくると途端にへそを曲げるから手に負えない。
でも、自分の中で答えは決まっている。


「そんなの訊かなくても分るでしょ。
…俺と一緒にいる時のマックスが一番好きだよ」


 END

 

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