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自転車を止め、振り返ったマックスは怒った顔をしていた。
どうして彼は俺に怒れるんだろう。
だって、だって…、彼は勝手過ぎる……!
「俺は最後なんて嫌だ…っ!
なんの為に今までずっと我慢してたと思ってるんだ。
こんな風に呆気なく最後にする為じゃない!!」
「・・・だからもう我慢しなくていいって言わなかったけ?」
どうして彼は俺を責められるんだろう?
俺はなにか悪い事をしたんだろうか?
キスされて、嫌じゃなかったからし返したのはそんなに悪い事?
命令されて、それに従うのはそんなに悪い事?
マックスに嫌われたくないって思うのはそんなに悪い事?
マックスの恋に俺が気づかなかった事はそんなに悪い事か!?
「マックスは本当に俺の事、好きなの!?」
だったら全部今すぐ止めてやる。
俺が良かれと思ってしてた事が全部無駄だったんなら、これ以上我慢する必要なんてない。
この明るい太陽の下なら俺の想いは簡単に彼にも伝わるだろう。
彼の反応も太陽が余す事無く教えてくれる。
あんなに苦手だった太陽が俺の味方になってくれる。
「またそれ訊くの?」
マックスの顔が俺の問いに更に歪んでく。
彼が太陽の下に心を晒すのを嫌がってる証拠。
もう俺は太陽だって怖くないのに、彼はまだ怖がっている。
「じゃあなんで俺に好かれようとしないの!?
こんなあっさり諦められる程度にしか俺の事好きじゃないんでしょ!?」
「・・・ボクにみっともなく追い縋れって?」
彼が自嘲の笑みを浮かべる。
俺は本当に彼の何を見ていたんだろう。
本当の彼はこんなにも臆病で弱い存在だった。
「俺は今までずっと我慢してた。
マックスに嫌われるのが怖くて、マックスの言う事全部聞いてた。
マックスは俺の事好きって言ってるくせに、俺と同じ事を俺の為には出来ないって言う。
それって俺の方がマックスの事好きって事じゃないの!?」
俺の罵倒に彼は言い返す事さえ出来なくなってしまった。
彼は俺の言葉にハッとした顔で目を見張るときゅっと唇を噛んだ。
「俺、マックスみたいに難しい事言ってない!
ただ俺とこれからも一緒に居てくれるだけでいいのに、それさえマックスは出来ないの!?」
それどころか彼は止まる事ない俺の責める言葉に、ついっと顔を背けた。
「…もうヤだ、何この無自覚小悪魔」
「今、何か言った!?」
ボソッと小さく俺の文句を吐いた彼に、俺は怒鳴って聞き返す。
我慢する事はもう止めた。
何を言われたか聞き返せなくて悩んだりなんかもうしてやらない。
もう彼に遠慮なんかしてやったりしないんだから。
「なーんも。
で?ボクは仁に好かれる為にこれからも傍にいればいいの?」
「ッ!そ、それだけじゃ駄目!
う…っと、イ、イジワルはしちゃ駄目!俺に優しくして!!
ほ、他にも俺とまた夜の学校で会ったり、楽しい事いろいろ教えてくれたり、あ、あと俺がキスしたい時は絶対しなきゃ駄目だから!!」
ああ、我が侭って難しい。
遠慮なんかしないとは思うものの、彼のように咄嗟には無理難題なんて思いつかない。
俺がつっかえつっかえ条件を言い続けていたら、彼が急に手を上げた。
「はい、一つ質問!」
「……何?」
「ボクがキスしたい時にするのは駄目?優しくしても駄目?」
「昼間は駄目!!」
俺がマックスの質問に反射的に大きな声を出すと、マックスは少しだけ口元を歪めた。
「じゃー、夜はしていいんだ」
そして返ってきたマックスの嬉しそうな言葉。
気づいたらマックスはもう拗ねても怒ってもいなかった。
俺が我が侭を言っても、彼が怒ることは無かった。
それが何故なのかは俺には分からない。
でも夜まで待たずに吐き出した俺の想いは、良い方向へと俺達を運んでくれたのかもしれない。
俺は太陽を見上げる。
倒れたばかりの身体に、その真夏の殺人光線のような光はまぶしすぎるけれど、もう怖くは無い。
もしかしたらこれからは月の儚さと同じくらい好きになれるかもしれない。
……暗くなるのを待たなくて本当に良かった!
俺はやっぱりどことなく嬉しそうに見えるマックスに向き直る。
「夜まで待てない場合に限り、特別に許可します」
その場、その時じゃないと駄目になってしまうものは確かにある。
俺はタイミングの重要性を身に沁みて実感していた。
でもマックスにはまだその事があまり理解出来ていなかったのか、俺の言葉を聞くとまた俺からくぅっと顔を逸らした。
「……なんかこんなのをどうにかしようとしてたボクが馬鹿に思えてきた」
ぼそりと小さく呟いたマックスは俺が口を挟む隙も与えないで、俺に笑った。
「じゃー、今、夜まで待てないぐらい仁にキスしたいんですが、駄目ですか?」
俺の答えはもう決まっていた。
「ここじゃ恥ずかしいから、どこか人目の無い、暗いとこ……。
そうだな、俺の部屋でならいいよ」
真夏の太陽は俺に新しい関係を運んでくれた。
それから、俺に彼と対等に話す勇気も。
いや、俺が対等に話せるようになれたから、俺たちは新しい関係を築けたのかもしれない。
「あー、もうッ!
なんでボクばっかこうもやられっ放しなの!?
ぜーったい実技ではボクが優位に立つから、覚悟しててよねッ!!」
マックスが俺の手を引く。
怒った口調なのに、もう俺は全然怖くない。
手だってこんなにも優しい。
「……優しくするって約束、忘れてないよね?」
「ああーーッ!もうッ!!
仁はこれ以上、話すの禁止ッ!!」
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