9
それは夜にするキスとも全然違った。
キスなのになんだか色々とされてしまった。
こう…。
実際に何をされたか上手く説明出来ないけど、まるで俺と一つになろうとしているようなキスだった。
触れるだけじゃ俺と一つになんてなれない、って貪欲さが伝わるようなキス。
倒れて元々残り少なかった俺の体力では、彼の貪欲さに耐え切れずぐずぐずと上体が後ろに下がっていく。
力が抜けてしまって自分の身体さえ支えられない。
彼はそんな俺の身体を腰に手を回して支えた。
彼がゆっくりと瞳を開けて、それと反比例するように唇が離れていく。
彼の開いたままの唇は名残を惜しむように俺に光る糸を繋げている。
それは俺と彼の体液が少なくとも口の中で一つに交じり合った証拠でもあって……。
今された事を再認識するには充分だった。
「えっ、…えっ?……ええッ!?」
俺は思わず口を押さえた。
意図せず素っ頓狂な声が押さえた口から漏れる。
「ねえ、これでもまだボクと一緒の気持ちだって言える?
ボクの大事はこういう大事で、昼も夜も仁でいっぱいで辛いぐらいなんだ。
それなのに仁は夜はボクと平気でキス出来ちゃうくせに昼は目を合わせようともしてくれない。
どれだけ酷い事をしてるか分かった!?」
混乱中の頭に怒鳴るように言われた彼の言葉はすんなりとは入ってこない。
それでも貪欲なキスと辛そうな表情が言葉以上に饒舌に彼の気持ちを物語っていた。
彼が言いたいのはきっと……。
「マ、マックスって…、俺の事、す、好きなの…?」
「……」
勇気を振り絞って言った言葉だっていうのに、彼は俺の言葉に心底嫌そうな顔をした。
「あー!もうッ本当サイテー!!
なんでこのボクが告ったみたいになってんだよ!!
……そうだよ!悪い!?」
睨む彼に、俺はブンブンと勢いよく顔を横に振る。
「悪い事初めてしますって感じの優等生が可愛くって、絶対キスとかしたこと無いだろーなってからかい半分だったのに、どツボに嵌ったのはボクの方とか…、
あーッ!!認めたくなかったのに!!」
一方的に捲くし立てる彼に、俺は口を挟む暇も無い。
言葉を挟む隙間があったとしても俺はそもそもなんて言ったらいいか分からない。
彼が…、マックスが、俺を、好き…?
何回反芻してみても上手く事態を飲み込めない。
だって俺達は男同士だし、普通恋愛は異性とするものだ、よ、ね…?
もうそんな事さえ何が正しくて何が間違っているのか見当も付かない。断定が出来ない。
そもそも恋愛に正誤はあるのだろうか?
もしあるなら、俺を好きだという彼の感情は正しいのだろうか?
それとも俺が男だから間違いにされてしまうのか…?
「ねえ!ここまで来たらずばり聞いちゃうけど、なんでボクとキスしたの?」
纏まりそうだった俺の思考は彼の言葉で中断されてしまう。
「え?」
「だから…、…キス、なんでボクとしたの?」
拗ねた表情の彼と纏まりかけの思考が、何故か俺を酷く落ち着かない気分にさせる。
早く、早くって心が急いている。
トットット…、て鼓動が駆け足になっている。
でも「早く」何をすればいいのか俺には分からない。
彼の問いに答えれば、この焦燥感は無くなるんだろうか?
「…マックスの真似」
「は?」
「マックスがしたでしょ?先に。キス。
だから俺もそういうものだと思ってした。キス」
急いで答えてみても焦燥感は無くならない。
俺の答えに彼が驚きの顔に表情を変化させても焦燥感は消えていかない。
それどころかより強くなる一方だ。
「マックスはなんでも知ってる風に見えたから。慣れてるみたいだったし。
だから夜の学校ではマックスの真似してればいいんだって思って、俺……」
焦燥感に押されて俺の口が勝手に動く。
「うわー…、それって軽い気持ちで始めたボクの自業自得って事?
……一つ、教えてあげる。
気軽にそういう事してるとボクみたいにいつか後悔する日が来るからもう真似しない方がいいよ」
彼の眉が忌々しげに寄って、俺から視線がそらされる。
どうしよう…、動悸が治まらない。
なんだか怖くて…、それに苦しい…。
「マックス……」
「ん?」
ああ、良かった…。
俺の呼びかけに彼の顔がこちらを向く。
「俺…、なんか苦し…」
「エッ!?やばっ、こんな話してる場合じゃないよ。
早く涼しいとこ行こ!」
彼が倒れたままだった俺の自転車を起こす。
それに跨り、彼が俺に振り返る。
「後ろ、乗れる?」
彼の問いかけに俺は頷いてみたものの、どうしよう…、乗り方は分かるのにどうしてだか上手く乗れる気がしない。
ああ、どうしてこんなに晴れているんだろう。
太陽の光をぴかぴか反射させている彼の白い背中を肩を、ちゃんと掴める気がしなくて俺はほんの少しだけ泣きたくなった。
▼