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「あ〜…、なんかスピード落ちてるー。
涼しくな〜い!仁、疲れたぁ〜?」

気だるげな彼の声と共にコツンと背中に彼の頭が触れる。
たったそれだけ。
それだけなのに、くらりと俺の身体が傾ぐ。
彼が触れているのは、きっとほんの少しの部分。
それに服越しで帽子越しなのにそれでも意識がそこに集中してしまう。
彼が触れてるその少しの場所だけが凄く熱を感じる。
俺は動揺を隠すように額の汗を拭う。
もう暑さは感じず、ただ息苦しさと自分の激しい鼓動だけを感じていた。


俺は昼間の彼が怖い。


気付いたらこうなってしまっていた。
なんで?
そんなの俺が聞きたい。

彼が変わってしまったから。

俺からしてみれば理由は主にそれに尽きると思っている。
でも彼に変わってしまった理由を問いただすといつも彼は「仁が悪い」と俺のせいにする。
「仁が悪い」とそれだけを言って、彼は俺に執拗に触れてくる。
ペタペタ、ペタペタと。
俺の存在を確かめるようにそれはそれはしつこい程執拗に何度も何度も。
彼の手はいつも温かく、俺はそうされるといつもくすぐったくて笑ってしまう。
笑って、キスして、また笑って。
そんな事の繰り返しで、夜の俺はそれ以上追及出来た試しは無い。
いつもはぐらかされてしまう。

そして、昼間の俺は問いただすなんて事、そもそも出来ない。


ただ小さな暴君に怯えるだけ。


彼には昼も夜も関係無い。
いつだって彼は自分のやりたいように行動している。
そして、昼間の俺はそれについていけない、予測もつかない。

授業をサボるとか、他人の持ち物を勝手に借りるとか悪い事なんて俺には出来ない。
それに明るい所だと距離が近いと緊張してしまう。
彼の顔が細かいところまではっきり見えて、彼が、マックスが、傍に居るんだって凄く意識してしまう。
彼にも俺がはっきり見えてるんだって思ったら居た堪れないぐらい恥ずかしい。

だから夜と同じように振る舞えって言われても俺には無理なのに、
何故か彼は俺に夜と同じような行動を強要しようとする。出来ない俺に苛立つ。

最初は苛立って詰るだけだった彼も、全然進歩の無い俺に少しずつ行為をエスカレートさせていった。
水をかけるとか。
服や靴を隠すとか。
体育倉庫に閉じ込められるとか。
サッカー部の皆に俺の悪口をいったりとか。
彼に面と向かってそういう事をされるとツキンって心が抉られる。
鍛える事の出来ない柔らかいままの心を、小さな針で削り取ろうとしてるかのように何度も何度も。
彼を苛立たせる俺が悪いんだっていくら思っていても、心が勝手にツキンとなってしまう。

それは俺にはどうする事も出来なくて、だから俺は昼間の彼が怖い。
彼を苛立たせてしまうのが怖い。
彼の行動に傷つくのが怖い。
傷つくのが嫌で彼の言葉に嫌々従ってみても彼の苛立ちが消えないのが怖い。
俺はどうしたら彼の苛立ちが消えるのかさっぱり分からないのが凄く怖い。

もう俺にはどうしていいか分からない。
彼の言葉に従っても従わなくても彼との関係は上手くいかない。
それなのに彼は「俺が悪い」って言うんだ。
じゃあ俺はシャワーを浴びている間に服を隠されて、彼に全裸をすみずみまで観察されなきゃいけないぐらい悪い事を気付かない内にしてるのかな?
部活のパス練で誰とも組めないように彼に邪魔されるのも俺が何か悪い事をしたせいなのかな?


「あ、仁、そこ右。
右曲がって、あの坂上って」

……こんな急な坂を上らされるのは、やっぱり俺が悪いせいなのかな?

俺は彼の指差した見事な傾度を誇る坂を見上げる。
坂は真夏の太陽を反射させて、その斜面を白く光らせている。
坂の上の方が暑さで靄掛かって見えるのは気のせいだろうか。
なんでこんな坂を上らなきゃいけないんだ。
ここら辺は住宅街で坂の上にだってお店なんてある訳ない。
彼の家も俺の家も、そして繁華街や駅前もこっちの方向には無い。
こんな坂を上る理由が見当たらない。
それこそ俺への罰としか思えない。

俺は坂の前で自転車を止め、ハアーッと息を吐き出す。
背中に当たっていた彼の頭はとっくのとうに離れてしまっている。
当たっているのは彼のカッターシャツだけ。
背中合わせでは、彼の機嫌さえ分からない。
ただ彼が自転車から降りないって事は、どうあっても坂を上らなきゃいけないって事だ。


「じゃあ…、行くよ」

「おー…」

俺の言葉に自転車の後ろに座ったままだった彼がのそのそと立ち上がる。
そして掴まれる肩。
…彼が俺の肩に掴まって後ろに立ち上がっている。
俺の頭上に彼の顔があるのを感じる。

トクン、て心臓に燃料が投下される。

燃料に押されて俺は自転車のペダルをぐんっと漕ぐ。
勢いが良かったのは最初だけ。
坂に差し掛かると自転車はがくんとその重さを増した。
燃料が追加された心臓だけが空回りしている。
照りつける太陽とこの急な坂が俺の中の水分をどんどんと枯らしていく。

ドッ、ドッ、ドッ…。

心臓がまるで耳の隣にあるみたいだ。
耳とそれから彼の手のある肩だけが俺の中で爆発を起こしたみたいに煩い。
それこそ死ぬ思いで自転車を漕いでるはずなのに自転車は一向に進んでいかない。

太腿が痙攣したみたいにヒクヒクと引き攣ってる。
俺は立ち上がって全体重を乗せてペダルを踏み込む。
グッ、グッと回るペダルに合わせて体重を右に左に移動させていく。
一歩一歩ぬかるんだ泥地を歩いてるみたいにペダルを漕ぐ。
ああ、膝がガクガクする。
ハッ、ハッ、ハッ……。
ドッ、ドッ、ドッ……。
極端に速いリズムが俺の中で鳴り響く。
もう頭の中も目の前も真っ白だ。
ちゃんと坂を上っているんだろうか?
前に進んでいるのか、上に進んでいるのか。
それとも後ろに下がっているのか、それさえも分からなくなってきた。


それなのに肩を掴む彼の手の感触だけはやけにしっかりと残っている。
ふわふわと上か下かも曖昧になっていく視界の中で彼の手の感触だけが俺の中で確かなものだった。

坂の途中でガッと急な浮遊感を感じて、俺はついに上下が完璧に分からなくなってしまった。
彼が一生懸命俺を現実に結び付けてくれていたのに、小石に乗り上げた程度の些細な段差で俺はぐにゃりと折れてしまったのだ。

ガシャンッ!!

真っ暗になっていく世界で、最後に遠くの方で自転車が倒れる音を俺は微かに聞いた。





 

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