5



暗い校舎。
月の明かりしか光のない校舎は、俺のモラルまで覆い隠す。

学校の裏側、駄菓子屋のある方はフェンスが周りよりも一段低い。
昨夜彼から教えて貰った情報だ。
校舎の裏側を抜けて、美術室の前まで月明かりだけを頼りに走り抜ける。
そして窓の前まで来て、俺はすうっと大きく一回深呼吸した。

窓が開いてるかどうか――。

それは俺にも分からない。
結局あの時の俺は、自分では決められず天に委ねる事にした。
こべり付いたガムは綺麗に削ぎ落としたものの、鍵は開けた状態のままで帰ってしまったのだ。
自分の犯した罪は隠蔽して、そのくせ閉め忘れたふりして鍵は開けたままにしておくなんていう卑怯な手段を選択した。

古株さんが気付いて窓を閉めていたら、もう二度と夜の学校には来ない。
でも、もし開いていたら……。

……そしたら多分、俺の罪悪感は今よりずっと軽いものになる。



月の明かりを鈍く反射させて窓のフレームが光る。
俺はその光るフレームに手を遣る。
その手を少し横にずらすだけで、窓はするすると音も無く開いていく。

開いてる!

そう思った瞬間俺の心を占めたのは喜びだった。
全てを委ねた天は、俺に夜の学校を訪れる事を許してくれた。
モラルが隠れてしまった俺は、もう喜びしか感じない。
土足で窓の桟に乗り上げ、そこで靴を手に持つ。
トスン。
軽やかに飛び降りれば、膝と靴下がその衝撃音を吸い込んでほとんど音を立てる事も無い。

だから余計その音は随分大きく感じた。


「……なんで来たの?」

背後からの声に俺はドキッとしてしゃがみこんだ体勢のまま振り返る。
俺の背後には今入ってきた窓しか無いはず。
当然、俺は忍び込む前に美術室に人影が無いか確認をしていた。

それなのに彼が居た。

彼は丁度窓から頭が見えないように窓の下に座っていた。
体育座りで膝を抱えてそこに顔を埋め、彼の特徴的な目だけをこちらに向けていた。


「来てくれてたんだ……」

まさか怒った彼が来てくれるなんて思ってなかった俺は、少し感激してしまう。
でも彼は未だ怒りは治まっていないようだ。
なんだかホッとして床に膝を着いてしまった俺に、彼がさっきよりも更に顔を俯かせて上目使いで拗ねたように俺を見てくる。


「訊いてんのボクなんだけど?」

「あ、…ゴ、ゴメン」

尖った声に思わず口から謝罪の言葉が出る。
でも言葉ほど心は悪いなんてちっとも思っていない。
折角会えたんだ、なんで俺が来たかなんてどうでもいいじゃないか。

――来たかったから。
それでいいじゃないか。

今日、俺は夜の学校に来るべくして来たんだ。
だって判断を委ねた天はこんなサプライズまで用意してくれていた。
来ないでいたら、きっと彼と仲違いしたまま関係は悪化の一途を辿っただろう。
彼にちゃんと会えた嬉しさに、俺は膝を着いたまま四つん這いで彼に向かって近づいていく。
でも彼は近づく俺からぷいっと顔を逸らす。
逸らした彼の顔を追って俺も顔を傾ければ、片方だけ俺の髪が床に広がる。
それはまるで学校なのに家みたいで。
家のフローリングとは材質が異なる学校の木目調のフローリングブロックに広がる髪は、それだけで楽しくなってくる。

くすくす、くすくす。
夜の学校はなんで全てが面白いんだろう?
こんなに楽しいのに遊ばなくちゃ勿体無い。
俺はこみ上げてくる笑みを抑え切れずに、笑いながらマックスに手を伸ばす。


「ねえ早く遊ぼう。
俺、遊ぶ為に来たんだよ?」

俺の言葉でまたマックスの眉間の皺が深くなる。

「……後悔してんのに?」

彼の膝を抱えて組んでいた手に乗せた俺の手はついっと振り解かれた。
四つん這いになっていた身体がかくりとよろめく。
なんだか俺達じゃれたい猫と嫌がってる猫みたいだ。
くすくす、くすくす。
体勢を直して彼を見ると、膝を抱えていて目と帽子ばっかりが目立っていつもよりも猫みたい。

俺はまたマックスに手を伸ばす。
今度は指を丸めた状態で。


「後悔は昼に死ぬほどしたし、明日またするから今はいいよ。
だから……」

ニャアと一鳴き。
猫ごっこなんて子供っぽい遊びに彼がノってくれるかどうか。
彼が上手くノってくれたら俺の勝ち。
そんな事さえ遊びの一因になってしまう。

俺は彼に乗せた手をにゃあにゃあ言いながら擦り上げる。
ぴくりと驚いたように跳ねる肩が可笑しい。
うにゃあって自分の身体を彼の身体に摺り寄せると硬直したように彼の身体が強張る。
無視してるようで無視しきれていない彼が楽しくって仕方ない。
にゃあって彼の顔に顔を近づけると、彼の顔が案の定彼の膝に隠れてしまう。
くすくす、くすくす。
飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ。
俺はにゃあんと彼の帽子を口で咥える。
俺が身を翻せば、彼の癖ッ毛がはらりと宙に広がる。


「ちょっ!」

初めて聞いた彼の慌てた声。
くすくす、くすくす。
楽しい。楽しい!
四つん這いで口に彼の帽子を咥えて振り返れば、彼が座った状態で俺に、というか俺の咥えた帽子に手を伸ばしてくる。
それを避けるように一歩身体をずらせば、彼も身を乗り出して俺に手を伸ばしてくる。
くすくす、くすくす。
もう彼も猫みたいな格好になってる。
ああ、これからどうやって彼に捕まってやろうか。
考えただけで楽しくなってくる。
捕まって、それでもにゃあって鳴いたら、彼はどんな顔をするだろうか。

俺はそんな事を考えながら、にゃあッと美術室の大きな机に飛び乗った。




彼の苛立ちも、俺への詰問も、その時の俺は無視してしまった。
軽くなった罪の意識に浮かれてしまっていた。
多分それが悪かったんだと思う。
会えて良かったって、仲直り出来て良かったて、このとき確かに思ったのに。
それなのに俺達の関係は少しずつ少しずつ、結局は悪化の一途を辿る事になってしまった。

そう、何故か……。





  

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