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太陽の光は、些細な罪さえ明るく照らし出す。


美術室の一番隅の窓の前で、俺は掃除の手を思わず止めた。
そこには昨夜俺達が、鍵が掛からないようにと留め金の所にべったりとガムを詰めたクレセント錠がある。

雷門中は掃除当番が最後に窓を閉める事になっている。
それを古株さんがどこまで確認しているかは知らないけれど、美術室の窓を選んだのは俺が掃除当番だからだった。
掃除当番の俺が一つだけ窓を閉めない。
念のためにそこの鍵を簡単に閉まらないように細工しておく。

それが俺達がまた忍び込む為に施した工作だった。


こんな風に鍵が一つ壊れていたら、それだけで防犯はがくんと低くなる。
現にただの中学生の俺達だって忍び込めるんだ。
この事を他の誰かに知られて悪用されたら…。
そうならなくてもこの鍵を直すのに、古株さんは大変面倒な思いをするはずだ。
ただ、自分の子供っぽい欲求の為にこんな事していいのかな…。
そうだ、美術室なら錐なり彫刻刀なり道具が沢山あるはずだ。
俺が今からこのガムを取り除けば……。


「仁!」

俺は罪の意識で随分とクレセント錠の前で考え込んでしまっていたらしい。
いきなり声を掛けられて、俺はひゅぅっと息を吸い込む程驚いてしまった。


「ほらほらー、ぼさっとしないで早く部活行こーよー。
あ、それともアレ?夜の下見とか?」

彼には俺の驚きも罪悪感も関係ないらしい。
すっかり部活に行く格好をした彼が俺の背後から抱きつくように腰に手を回して件の鍵を覗き込む。


――なんだこれ……ッ!ち、近すぎる……ッ!!

彼の思ってもみなかった行動にカッと顔に熱が集まる。
昨日まではこんな風に密着する事なんて無かったはずなのに、どうしていきなりこんな…。
制服越しでも感じる彼の俺よりも高い体温に頭が一気に混乱してしまう。
昨日までは俺に対して部活に誘う事さえしていなかった彼が急に馴れ馴れしくまるで恋人同士のように俺を扱うんだ!?

どうして彼がこんな事をするのか理解出来ず、困惑した俺は咄嗟に彼を突き飛ばしてしまった。

突き飛ばしても彼は転がるようなヘマはしない。
一歩二歩踏鞴を踏むように後ろに後ずさっただけで少し驚いた表情で俺を見てきた。
どうして?
なんで彼まで驚く必要があるというんだ。


「何、照れてんの?
誰も居ないんだし、これくらい大丈夫でしょ」

「違…ッ」

平然と言って退ける彼に、俺は首を振る。
何が「大丈夫」なのかさっぱり理解出来ない。
気付かない内に一緒に掃除していたクラスメートが帰ってしまっていた事も関係ない。
ただ唐突な行動をする彼が不思議で理解出来なかった。

俺の頑なな態度に彼の表情が少しずつ強張っていく。


「昨日の事…、もしかして後悔してる?」

ドキッとした。
俺は彼の事がさっぱり分からないのに彼は俺の事はなんでもお見通しだ。
俺は彼の視線を避けるように黒ずんだガムのこびり付いた鍵を見つめる。
昨日の晩に付けた時にはまだ白っぽい色をしていたガムはたった一日で埃を含んで随分と黒く固まってしまっている。
俺の罪の象徴だ。


「してるよ。……痛いぐらいに」

俯いたまま、ぎゅうっとカッターシャツの合わせを握り締める。
昨晩だけでも幾つもの普段はしないような罪を犯したのに、このガムの詰まった鍵はまた夜の学校へ訪れる為の入り口だ。
また沢山の罪を犯すための。
そんなの…、早く塞いでしまった方がいいに決まっている。


「あ、っそー」

彼のわざとらしい声が聞こえる。
わざと「平然」を装った声だ。
俺にも分かるぐらい、彼の声は苛立ちを含んでいた。
彼はそう言うとくるりと俺に背を向ける。
怒って部活に行ってしまうかと思った彼は、美術準備室へと向かった。
そして何かを手にして俺の所へと戻ってきた。


「じゃあ、もうソレ必要ないよね?
夜に学校なんて来る必要ないから!」

乱暴な手つきで押し付けるように彼から手渡されたのは、小さなヘラだった。
ガムを取り除くのに使う道具だ。
さっきまで早く取り除いてしまおうと思っていたはずなのに、彼から手渡されたその道具は罪悪感を軽くするどころか俺の心を掻き乱した。

例えば、アリスやウェンディ、ドロシーといった童話のヒロイン達に選択を迫ったら彼女達はどうするだろうか?
日常の生活の方が良いと思っていても、不思議な世界に通じる入り口を自ら塞いでしまうだろうか?
ああ、彼女達と違って犯す罪の分だけ俺の方が業が深い。
身勝手すぎる。

それでも俺はその小さなヘラを手に、随分と長い時間微動だに出来なかった。
彼がすぐ美術室を出て行ってしまっても、後を追う事もしなかった。

彼が怒った理由も結局分からない。


ああ、それなのに。
……もうすぐまた夜がやってくる。





 

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