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夜の学校は俺を自由にしてくれた。
自由?
ああ違った、それでは自分の行動を美化しすぎている。
そんな綺麗なものじゃない。


正しくは、「俺の中からモラルを消し去った」だ。


昼間には決してしなかった事。
というよりも考えもしなかったような事を夜の学校では平気で出来てしまう。

簡単に忍び込めるように美科室の窓の鍵を壊す事や、親に黙って夜に家をこっそり出る事。
夜の学校に魅せられた俺には、夜の学校を満喫する為にその程度の事は平気で出来た。
そして彼と一緒に子供みたいなイタズラを沢山した。
昼間には他の人の机やロッカーを勝手に見るなんて事は絶対しないのに、
夜になると何か面白いものは無いかと、それだけの理由で勝手に漁った。
家庭科室の塩と砂糖の入れ物の中身を交換したり、先生に没収された数々の違反品を品定めしたり。
こういう馬鹿な遊びなんて枚挙に暇がない。
ああ、教卓の裏側に二人で曼荼羅みたいな彫刻を施したりもした。

……それに、キス。

何回も何回も。
目が合って、二人で笑う度にいつしかキスをするようになっていた。





背中をぶつけた時の姿勢から少しも身動き出来ないでいた俺と違って、マックスは腕で身体を支えて上半身を起こしていた。
だからかな?
いつもと違って目線の位置がマックスの方が高く、見下ろすように俺を見つめていた。
薄暗くぼんやりとした視界が余計彼を見慣れないものにする。
腕で身体を支えて、そのまま彼の上半身が被さるように俺に近づいてくる。
ぼやけた彼の顔がどんどんはっきりしたものになってくる。
なんでも見透かすような大きな瞳がどんどん近づいてきて、それがなんだか落ち着かなくて俺はぎゅうって目を瞑ってしまった。
今思えば、あの時なんで俺は嫌がらなかったんだろう。
目を瞑るなんて同意もいいとこ。
戸惑っている俺の意に反して受け入れ態勢ばっちりとしか思えないような行為をしてしまっていた。
でもその時の俺には逃げるなんて考えはさっぱり思い浮かばなかった。
ただ、「彼は何を考えているんだろう?なんでこんな事するんだろう?」ってただそれだけ。


混乱している俺に、音も無く触れた彼の唇は想像以上に優しくて。
もう何を考えたらいいのか分からないぐらい俺は混乱の極みにいた。

唇が離れる時も音さえしなくて、まるで何も無かったように沈黙だけが続いていた。
でも確かに唇には何かが触れた感触が残っていた。
本当に唇だったのか?
それさえ疑わしくなってきて、俺は瞑っていた瞳を開いた。

確固たる何かを求めて彼を見たのに、彼はやっぱり何を考えてるか分からない顔をしていた。
彼の考えてる事なんて俺には到底想像も付かない。
彼の顔に何も見いだせなくて、俺は途方に暮れて彼に問いただそうとした。

「なん…」

「シッ!」

でも、その問いは最後まで口にする前に遮られてしまう。
いつの間にか彼は厳しい顔で耳を澄ましていた。
口を噤んで同じ様に耳を澄ませば、遠くの方で微かにこちらに向かってくる足音がする。


「隠れよう」

彼の言葉に、俺はすぐ教卓の中に身を隠す。
彼は何でも知っている。
そう信じてしまっていた俺は反射的に彼の言葉に従った。
ただ驚いた事に狭い教卓の中に彼も俺の後に続いて隠れてきた。

密着する身体。
教卓の中は狭くて暗くて、なんだかドキドキした。
二人して膝を抱えても、どうしても腕も肩も身体全体が密着してしまう。
唇だけしか触れていなかった先程のキスなんて比べ物にならない。
狭い教卓の中は忽ち俺と彼の匂いが交じり合って息苦しささえ感じる。
濃厚な空気に彼の匂いが混じっている。

これが彼の匂い。

どんどん近づく足音にドキドキしながら、俺は交じり合う匂いの中から彼の匂いだけを感じ取ろうとしていた。
ガラリと引き戸が開く音がして彼の肩が小さく跳ねる。
そんな彼の些細な行動さえ、ダイレクトに俺に伝わってくる。
膝を抱えた手が汗ばむ。
カツンカツンと足音が教室に大きく響く。
でもそれ以上に俺の耳には彼の吐く息がやけに耳についた。
あの足音さえ無ければ、彼の鼓動さえ聞こえるんじゃないか。
そう思える程、彼の全てが俺に伝わって俺の意識を奪いつくしてしまう。

早くどこかへ行ってくれ。

ぐるぐるぐるぐると考える俺の思考は最終的にそれに落ち着いた。
早くその足音の主がどこかへ行ってくれないとどうにかなってしまう。
俺はぎゅうっとどうにかなりそうな自分を抱えて足音の主が通り過ぎるのをじっと待った。


どれぐらいそうして居ただろうか。
俺の耳に足音が聞こえなくなってから暫くして彼の手が俺の膝に触れた。

「もういいよ」

意識を出来るだけ遮断しようとしていた俺はその手にビクリと身体を震わせた。
顔を上げ横を見ると、彼がすぐそこに居た。
さっきまでの何を考えているのか分からない顔で俺を見て、ほんの少しだけ笑っていた。


「マックス……ッ!」

その顔を見て、俺は確信した。
彼は何でもお見通しだと。
やっぱり何でも知っているんだと。


夜の校舎ですべき事を彼は何でも知っている。


もう、俺も夜の校舎ですべき事が分かっていた。
彼がさっき教えてくれたから。
今すべき事は、きっと、これ。


感極まった声で彼の名を呼んだ俺を安堵させるような微笑を浮かべた彼に、俺は身体ごと俺の全てを密着させる。
他のどんな場所とも違う、その柔らかな感触に、
俺は漸くさっき触れたのも確かに唇だったんだと確信する。


何度も何度も。
それこそその感触を覚えてしまうぐらい。

その日、俺達は教卓の中でキスをした。





 

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