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マックスのいない人生になんの意味も見出せない自分は他の男を誘うことを一切止めた。
どうせどの人もあの人以上の存在にはなりえない。
自分はもうあの人しかいらない。
あの人がいないと生きていけない。



「失礼しまーす」
申し訳程度に添えられた断りの言葉と共にきょろきょろしながらその少年はこの部屋に入ってきた。
入った途端に包まれた甘い臭気に驚きながら。
窓の外からはまだ運動部の賑やかな声が聞こえる。
遠くから吹奏楽部の奏でる音もする。
だが、自分とその少年しかいないこの部屋は静かだ。
周囲の教室にも人の気配さえしない。


「君も噂を確かめに来たの?」
影野は慣れた様子でその少年に訊ねる。

理科担当の影野が放課後の理科室で怪しい実験をしている。
影野の影を含んだその外見や雰囲気から赴任当初から実しやかに生徒の間で囁き続けられている噂だ。
時折その噂を真に受けた生徒がこうして放課後理科室にやってくる。
…たった一人でやってくる生徒は極稀であったが。

「そーです。
で、先生本当は何やってるの?」
ビーカーや小瓶が幾つも並んでいる机を見ながら、悪ぶれることもなく逆に訊いてくる。
その様子に影野は目を細める。

――ああ、この子もそうだ。
思わず笑みが零れる。

「知りたい?」
影野は答えの分かっている質問をわざとする。

「あったり前でしょ。
折角来たのに分かりませんでしたじゃ面白くないもんね」
予想通りの答えが返ってきて、影野は満足そうに微笑む。

「じゃあ、こっちにおいで?
君になら教えてあげる。
俺が本当は何をしているか」
学校ではいつも「私」や「自分」を使っている影野が自分のことを「俺」と称したことに、
その少年は驚いたように目を見張る。
でも、それも一瞬のことすぐ楽しそうに目を輝かせ、影野の隣にやってくる。


――ああ、やっぱりそうだ。
この子も俺の人生に必要な人。
…五人目の『あの頃のマックス』。


 

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