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昇降口のコンクリートの地面は、昼間と違って些細な動きでも大きな音を反射させる。
校舎の中に入った途端、マックスは俺に振り向いた。


「裸足で」

口の動きだけで伝えてるみたいな小さな声が、静かな校舎の中の空気を振動させる。
すごく小さな声だったのに、それはビリビリと空気を震わせて俺の所までちゃんと届いてくる。
届いて空気だけじゃなく俺までふるりと震わせた。

なんだかすごくイケナイ事をしている気分だった。

マックスはくすりと息だけの笑いを零すと、さっさと靴を脱ぎ、片手で持った。
そして空いている方の手をすっと差し出す。
…その手は俺を遊びに誘う子供の手みたいで。

とくん、って俺の胸が小さく動き出す。


――イケナイ遊び、だ。

俺は慌てて靴を脱ぎ、マックスに倣って片手で掴んだ。
そしてぎゅうっとその手を握る。
握ったその手は俺よりも小さく、そして暖かい。
やっぱり子供の手みたいだった。

俺が手を握ると、マックスはまた走り出した。
なんだかそれがまた子供みたいで、俺は走りながらクスクスと笑ってしまった。
怒るかと思ったのにマックスも笑うから、俺は流石の彼でも俺の考えてる事までは分からないんだなぁって思ってもっと笑ってしまった。
そしてすぐに彼にテレパシーでもあるかのように思っていた自分の馬鹿さ加減に気付いて今まで以上の笑いの衝動がこみ上げてくる。
それは到底我慢できるような代物じゃなくて、俺はぐいっと先を走る彼の手をひっぱり手近にある教室へと引き摺り込んだ。

どうっと二人で転がるように教室に入り込んで、俺はそのまま床に転がったまま口を押さえて笑い出した。
ごろごろと転がりながら口を押さえて笑う俺に、マックスはおんなじように床に転がったまま身動きもせず唖然と俺を見つめていた。
それはそうだろう。
なんにもおかしい事なんて無いし、俺は大笑いするようなキャラじゃないし。
それさえ可笑しくって俺はずっと笑い続けた。
暫くは唖然としていたマックスだけど、俺に釣られたのかプッと吹き出すと声を出して笑い出した。
その笑い声が大きくて、俺は慌てて自分の口を押さえていた手をマックスの口に移動する。
押さえてもマックスは笑い続けていて、その口の動きに俺は手の平が擽られてついまた笑ってしまう。
すると今度はマックスの手が笑う俺の口を押さえてくる。
もう俺たちはお互いの口を押さえながらごろごろと笑い転げてしまう。
そう、文字通り、俺達は見知らぬ教室を二人で一緒になって笑いながら転がった。
そして笑いすぎて俺は誰かの机の脚に背中をぶつけた。

その衝撃で俺達は笑いが一瞬止んだ。
痛む背中を摩る為、俺の手はマックスの手から離れた。
意識が背中へと移る。
背中を摩りながら、俺は今の状況があまりに馬鹿すぎてまた笑いがこみ上げてきた。
彼だってそう思ってるはず。
その時の俺は何故だかそう確信していた。
一緒に笑った連帯感がその時俺にそう思わせた。

でも違った。

顔を上げると、そこに居たのは目を見開いたマックス。
彼は特徴的な丸い瞳でジィィィッと俺の事を見つめていた。

…すぐ、傍、で。


マックスの顔はすごく近いのに輪郭がどこかぼやけている。
笑っていた時には気付かなかった。
教室の暗さも、彼との距離も。
俺が彼との距離も分からなくなる程一緒に笑いあっている内に、もう辺りは黄昏時を過ぎ夜を迎えていた。

夜に住んでる子供は猫みたいに暗いところでは瞳が変わるんだろうか?

輪郭はぼんやりとしているくせに瞳だけは昼よりも輝いて見える。
なんだか吸い寄せられる。
ひっくって、笑いの衝動がひゃっくりに変わる。


目が離せないのは近すぎるせい?
それとも彼が俺から目を離さないから?


彼は俺の何を見ているのだろう。
俺には彼のような大きい瞳はないし、顔の殆どを髪で隠してしまっている。
見えるのはせいぜい、隠したいけど髪からはみ出してしまう大きな鼻と腫れぼったい分厚い唇だけだ。

分からない。

そう言えば口元から彼の手が無くなっている。
気付かない内に、俺の唇を覆っていた手は髪を潜るように移動して頬に触れている。

分からない。

彼の手が子供みたいに小さくても俺の頬には納まりきれず、その指先は俺の顔を支えるように輪郭をなぞる。
彼の暖かい掌は俺の頬や首や耳よりも熱くて、堪らなくくすぐったい。
はふって小さく笑いにもなっていないような息がつい出てしまう。


分からない。
どうして彼は急に笑わなくなってしまったのか。
分からない。
どうしてずっと俺を見てくるのか。何も話さないのか。


分からない。
もう充分近いのに、どうして彼はもっと顔を寄せてくるのか。

どうしよう…、分からない……ッ!







 

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